第六章 熱

5/10
前へ
/253ページ
次へ
 大学から新太の住んでいるマンションまで、地下鉄にのる時間も含めドアtoドアで三十分。  いつもであればたいした時間もかからない。ましてや、さくらが一緒なら、浮かれてあっという間についてしまう距離だ。  けれど体調がじわじわ悪化してきた新太にとっては、駅まですらなかなかたどり着けない苦行の道のりになっていた。  そんな新太をみかねて、さくらはタクシーを拾った。タクシーなら一人で帰れますから。そういってみたけれど、さくらは心配だから、と笑ってとりあってくれなかった。 「さくらさんが来るとは思わないから、部屋のなか、ぐっちゃぐちゃなんですけど」  ごほごほ咳き込みながら、ようやくついた自宅マンションの鍵をあける。   (さくらさんが俺の部屋に来るなんて)    夢のような展開にも関わらず、体調が悪すぎてその喜びをしっかり味わえないもどかしさに、ため息がこぼれてしまう。 「そんなのいいから。早く着替えて寝ないと。それを見届けてからじゃないと私、帰らないよ?」  瞳は心配そうに細められているのに、さくらはわざと怒ったような声でそういう。  その言い方が、学級委員長をしている小学生みたいな正義感に溢れていて。普段は新太よりも大人で落ち着いているさくらが、年下の少女のようにかんじてしまい、つい口許が緩む。    そんなことを考えながら部屋のドアをあけた瞬間、新太は咳き込んでしまい、玄関にへたりこんでしまった。 「新太くん?! 大丈夫?」  ドアを閉めたあと、さくらもしゃがみこんで新太の背中に手をあてる。その優しい手触りが心地よくて深く息を吐く。  「だ、大丈夫です。家についたので安心して、ちょっと気が抜けました。少しやすんだら立ち上がります」 「うん。ゆっくりね」
/253ページ

最初のコメントを投稿しよう!

250人が本棚に入れています
本棚に追加