第十二章 可愛いひと

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 握りしめた手をさらに強く握りしめる。とにかくさくらを誰の目からも隠して、そっとどこかにしまっておきたいと本気で思ってしまう。    新宿駅で中央線に乗り換え、ほどなくして荻窪駅についた。改札口をでて商店街を抜けると閑静な住宅地が続く。あまり人通りのない夜道を手を繋いで歩いていると、世界に二人きりしか居ないような感覚に捉われる。 「ねえ、新太くん」  静けさを破るように、さくらがまっすぐ前を向いたまま声をかけた。 「うん? なに?」 「今日、ずっと私といて、トレーニングがあんまりできなかったでしょ? ……大丈夫なのかなって」  さくらがそっと新太を見上げた。心配そうに細められた瞳に、そっと微笑みかけた。 「帰ってからまたやる。それに、……今日くらいはさくらさんに浸りたい」  あまり会えない日がこれから続くならば、今日はできるだけそばで彼女を感じていたかった。さくらも照れたように目をしばたたかせた後、小さく微笑んだ。 「……うん」  照れたように頷く仕草も、可愛くて仕方ない。ずっと一緒にいれたらいいのに。切実にそう思ってしまう。 「さくらさん、時間まだ大丈夫? もう少しここで話してもいい?」  目の前にある公園に新太が視線をむけると、さくらもふわりと微笑んで頷いた。 二人で大きな木の下のベンチに座ったけれど、手を繋いだまま何も話さなかった。お互いがお互いの言葉を待っている感じ。その焦れた感じがくすぐったくて新太は我知らず微笑んでしまう。   
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