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自分はどうやら、奇想天外な人々が集結する高校に来てしまったらしい。
街の川原でこっそり眺める、竜牙雷夢の剣の訓練の度、涼樹明は出番を間違えた、と項垂れている。
「凄いや、雷夢おねいちゃん。もうぼくに教えられること、ほとんどないよ」
「ウソでしょ。そもそもカヅキくん、剣が本命じゃないのに強いの、反則だし」
あはは、と笑う少年は、人間離れした深緑の髪色。ここ五年、あちこちを転々としてきた雷夢が何処に行っても、ふっと現れて剣を教える謎の相手だ。
アキラはカヅキと、顔を合わせていたことはない。けれども雷夢が、「何でアイツ、あんなに凄いの」と竹刀を肩によくぼやくので、適当に相槌を打つのがクセになっている。
帰国子女としてスポーツ推薦枠で、中高一貫高校に通うのが竜牙雷夢だ。編入生のアキラはその高校が、幾人もの傑物が通う魔境とは思いもしていなかった。
雷夢単体は、ちょっと強過ぎるヤンキー、それだけで済む。しかし無愛想な雷夢が珍しく笑って付き合う、一見大和撫子の玖堂華奈は、まるで少女漫画から抜け出たようなお嬢様なのだ。
「ちょっと、涼樹君。暇なら日直の仕事、手伝ってくれなくて?」
見た目や喋り方だけでなく、天才の知能をもって多国籍企業の家を采配している華奈は、雷夢が華奈以外でよく絡むアキラに目をつけてしまった。
華奈には帝御那王という、舞台俳優志望の彼氏がいる。こちらも偉く名前がたいそうで、やはり富豪の家の次男らしい。春日蒼帷という、金髪の不良によくたかられかけているが、華奈が目を光らせている内は、不良も露骨な悪事はしない。代わりに雷夢にちょっかいを出しては、Wカップルのような雰囲気を醸し出すのを、雷夢はとても嫌がっている。
そんなややこしい四者の中に、四月からアキラは混じってしまった。救いはもう一人の転入生、杉浦空という眼鏡女子が、彼ら以上にときに挙動がおかしいことかもしれない。
「華奈様ー、大変ですー。校門に刺客らしき黒服集団が隠れておりますー」
もう、ドタバタにまみれている日常が、こんなものだと感じるようになってしまった。
黒く長い髪を揺らして、大真面目な青い目で雷夢は言う。
「ちょっと。私の大事な金づるに、手出す奴は許さないから」
華奈は慣れた様子で、至って平静にしている。がくっとアキラが、思わず笑っていた。
日本の高校は、今日も平和だ。ある不穏な「魔」の器が、眼を覚ましてしまうまでは。
2024.5.27-
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