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そもそも、と軍服の女が両腕を組んだ。
「貴方が人間界ごときの化け物にいつまでも手こずってるから、いい加減連れ戻して来いって頼まれたんだけど、私?」
「手伝えとは言ったけど、殺せとは言ってない!」
何の話、と雷夢は、アオイの後ろで顔をしかめる。
「あれだけ鍛えてあげたというのに、どうしようもないコね、シアン。私も忙しいのよ、こんな空気の悪い世界で貴方を待てるほど暇じゃないのよ」
どうやらその女とアオイは、師弟に近い関係らしい。しかしおそらく、戦闘の実力は軍服の女の方が遥かに高く、理由はわからないが雷夢の命を狙っている。
そんな急場に、これ以上いるほど雷夢は物好きではない。軍服の女とアオイが言い合っている隙に、久しぶりに意識を強く集中させて、最近は使っていなかった「力」を放った。
「――え!?」
アオイの背後で、前兆なしに全方向に雷光が走った。さすがに当てると死んでしまいそうなので、電流は全て商店街を覆う屋根の鉄骨に渡した。
目晦ましだけ求めた光は、場から離脱する雷夢を見事に隠して、軍服の女の目も当面塞いでくれたようだった。
人の多い中央通りに出ると、アオイも軍服の女も、追ってくる姿は見られなかった。
「何なの、あいつ……いきなり殺しに来る?」
雷夢がずっと、日本のあちこちを引越ししてきた理由。軍服の女の「人間界」という言葉も含めて、嫌な予感だけが背筋に流れていた。
「……殺したいのは、こっちだってのに」
強くならなければ。いつか生まれた場所に帰って、奪われたものを償わせて、そして取り戻すために。
その日まで死ぬわけにはいかなかった。だから「人間界」に隠れてまでも、強くなるための時間を稼いできたから。
「でもあいつ……言葉、通じたな……」
雷夢と共に人間界を逃げて回る、育ての母の注意を思い出した。
雷夢の言葉は、お守りのペンダントの助けで日本人にも通じてきたという。けれどもう四年は日本にいるので、お守りなしでもある程度話せるようになり、今はほぼ日本語で喋っているので余計に口数が減る。
日本語で話す時には、お守りの翻訳効果はさぼっているはずだ。それなのに先程の女――どう見ても日本人ではない相手は、雷夢とさらさら話せていた。
お守りの翻訳効果と同じ芸当ができる者は、このお守りの主と同等以上に、優れた存在であるはずの者。喋れる人外が来たら逃げろ、と、育ての母は常々雷夢に言い含めていた。
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