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顔しか覚えていない父親の話は、初めて聴いた。
両親の確執を、雷夢は詳しいことを知らない。政略結婚のようなものであったらしく、仲の良い姿も悪い姿も記憶にない。
今の雷夢にわかることは、その男は娘であるはずの少女を、長く幽閉しているつもりなことだけ。まさか遠く人間界に、密かに逃されているとも知らずに。
母に関しては、父は死を望んではいなかった。そう聞いていたので、正直どう思っていいかわからない相手が父だ。
「……そんなに、強かったんだ? あのヒト」
母を殺したのは、後妻。そんな者を妻にすることには大いに文句があったが、雷夢自身は冷たく育てられた覚えがない。
「まあ、腐っても枯れても竜宮の王だからねぇ。でなきゃあのコを幽閉し続けることも、できないわけだから……」
しょぼん、と、言いながらユーファの方が項垂れてしまった。
雷夢もユーファも、共に願っていること。その未来を勝ち取るためには、見知らぬ女に殺されている場合ではない。雷夢はやっと、気持ちを固める覚悟がついた。
「とりあえず、明日はいつも通り高校に行く。アオイの出方次第で、すぐにここも引き払えるようにしておいてくれる?」
「そうね。せめて華奈ちゃんに、お別れはちゃんと言っておかなきゃね」
ちょうど雷夢が、この街に来て一年と少し。人間界に来てから一番楽しい時間だった。それは雷夢より破天荒な、華奈の影響だったのは間違いがない。
いつかは来る、とわかっていた別れ。特別アオイを恨むこともなく、雷夢はシャワーを浴びてすぐに眠った。水に長く当たるとユーファの足は魚に戻り、乾かすのに時間がかかるので、いつもお風呂は雷夢が先に使う。
洗面所の段差に座って足を乾かすユーファを横目に、雷夢の意識は落ちていった。不安になっても仕方がないので、あえていつも通りにしている雷夢をよそに、その夜は様々な者達が運命の渦中に溺れることになっていたが。
眠る時には失くさないように外し、小物入れに引っ掛けているお守りが、雷夢の頭のそばでうっすら光を発していた。
――大丈夫だよ。だって、あたしは……。
いつかの誰かの声が、広がり始めた夢に響く。
嘘つき、と文句を言いながらも、雷夢はその声の少女には弱い。昔から雷夢は、弱虫のくせに強がる相手とよく縁があった。
だからもう一人、つられて思い出していた。人間界に来る直前まで、何度か遊んだ弱っちい銀髪の少年のことを。
――僕は絶対、いつか君を見返してやる!
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