序奏 悪魔

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 故郷の思い出なんてほとんどない。幼い頃の雷夢は、生まれた城から外には出してもらえなかった。日本では考えられない古風な場所で雷夢は生まれた。  だから稀に、父がこっそり連れ出す不思議な森の泉で、幼い少年と遊んだことは貴重な記憶。けれど今まで、全くもって忘れていた。  柄にもない昔の夢のせいで、朝から気分が重かった。そんな雷夢の前に、何故か二つ隣のクラスから、玖堂華奈の彼氏が慌てた様子で現れてきた。 「竜牙さん、ごめん、ちょっといい!?」 「……?」  華奈が見た目によらず、破壊的な性格であるのに対して、彼氏のミカミナオはとても平和な善人なのだ。それがただ事でない顔をしているので、雷夢は自然と教室を後にする。  もう授業が始まってしまう時間だが、同じクラスのアオイはまだ来ていない。いつも重役出勤の不良なのでそれは気にしていなかったが。  雷夢を連れて、ナオは校舎裏まで来て、そこにある物には雷夢もかなり驚いてしまった。 「って――召使ちゃん!?」 「おかしいんだ、玖堂さんの護衛をしてるはずの杉浦さんが、こんな姿で……」  まるで教員や生徒から隠れるように、建物の陰に制服姿の女生徒がもたれて気を失っていた。いつも華奈の周囲に控えて、華奈の異様な召使だと雷夢は知っている杉浦嬢。 「玖堂さん、まだ登校してない。どうしよ竜牙さん、PHSはいつも杉浦さんが持ってて、玖堂さんに連絡は取れないんだ……」  ナオは初め、杉浦嬢から連絡を受けて、校舎裏、とだけ聞いたところで切れてしまったらしい。来てみれば呼吸もしない杉浦嬢のカタマリがあり、華奈に何かあった、それだけはわかる状態に震え上がったのだ。 「えっと、竜牙さんは何か気付いてそうだから言うけど、杉浦さん、実はロボットでさ」 「知ってる。ロボット、はよくわからないけど、人間じゃないとは思ってた」  いつも華奈のそばに付き従って、危険な飛び道具もあっさり取り出す杉浦嬢は、心臓の鼓動もない冷たい何かだ。だから死んでいるわけではないだろうが、ナオの懸念は雷夢も十分わかる。  この人間でない召使が敗れてしまう相手に、きっと華奈は絡まれてしまった。そこからいったいどうしているのか、ナオが授業を放り出してきたのも無理がない。 「ごめん竜牙さん、一緒に玖堂さんを探してほしくて、俺……」 「わかってる。玖堂サンは、大事な金づるだから」  たはは、とナオが、少しほっとしたように苦しく笑った。
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