第二章 あり得たかもしれないもう一つの人生

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「そう言えば、最近、真田先生お出でになりませんねえ」 「ああ、彼は今忙しくなっちゃったから、なかなか来られないのよ」 「そうですか。有名になられたんですね」 「まだそこまでじゃないけど、実力は評価されてきたわね」 「へえー、カッコいいですね。先生、あの人好きなんじゃないですか?」 「何を言い出すのよ」  油断ができない。真田と自分との会話や様子から感じ取ったのだろうが、突然こんなことを言い出す陽子という女に、綾香は警戒心を持った。 「だって、そう見えますよ」 「確かに一人の画家として尊敬しているし、そういう意味では好きよ」 「なんか胡麻化されてる感じがしますけど…」 「そんなことないわよ」 「そうですか。じゃあ、私、真田先生に絵を習おうかなと思うんですけど、いいですか?」  明らかに綾香を挑発するためにわざとこんなことを言っているに違いない。悪意が感じられる。だが、陽子の意図がどこにあるかわからず気味が悪い。 「別にいいんじゃない」 「ほんとですか。でも、先生、顔が怖いですよ」  半分にやけた顔で言う。 「止めてよ、陽子ちゃん」  自分でも語気が強くなったのがわかった。 「嘘ですよ、嘘です、先生。そんなに怒んないでください。そもそも私、絵の才能なんかないし」 「才能なんて自分でもわからないものよ。きっと、陽子ちゃんにしか発揮できない才能がどこかにあるはずよ」  さきほどの自分はいささか大人げなかったと反省した綾香が、とりなすように言った。 「そうでしょうか」 「そうよ。陽子ちゃん、まだ若いんだからいろんなことにチャレンジしてみたらいいと思うよ」 「そうですね。でも、夫が…」 「ご主人って拘束するタイプ?」 「どちらかというと…」 「そうなんだ…。こういう仕事していて大丈夫なの?」
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