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四
昨年長女が大学を卒業して社会人になり、次女も大学生となり、綾香の手を離れつつある。もちろん、この先も次女の就職、長女の結婚など心配事が途切れることなどないのであろう。しかし、母親にとって一番大事な子育てから解放され、心にぽっかりと穴が空いた。
22歳で結婚した後、専業主婦として夫の世話と子供の養育に邁進してきた綾香にふいに訪れた立ち止まる時間。
『自分の人生』って何なんだろう
降ってわいたような思いに自分自身戸惑っていた。
結婚してからこれまでの人生は家族のための人生だったような気がする。それはそれで幸せだった。これからもそれは続くであろうけれど、残りの半生は自分のために生きることも考えたい。
しかし、いざ自分のために生きるといっても何も浮かんでこなかった。OLになって二年目に結婚してしまった綾香には身に着けた専門知識もなければ、誇れるような仕事上のキャリアもない。子供の頃は漫画や絵を描くことが好きで、みんなにも上手いと言われていたけれど、それをこれから再び始めても仕事にできるほどの才能を発揮できるとも思わない。趣味として始めることはできるだろうけれど、今後の自分の人生における生き甲斐にはなり得ない。
誰かと話したい。意見を訊きたいと思う。学生時代の友人に電話してみるが、誰も出ない。自分より後に結婚した友人たちの多くは今子育て真っ最中なのだろうから忙しいのかもしれない。最後に電話したのは、高校時代に仲の良かった足立まりえだった。まりえは綾香とは違い、4大を卒業し総合職のキャリアウーマンとして活躍していた。そんな彼女なら、綾香の抱える虚無感を充たすアドバイスをしてくれるのではないか。
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