第一章 もしかしたら

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「久しぶり」 「ああ、綾香。元気?」  電話の向こうで小さな子供の声が聞こえる。 「うん、元気よ」 「そう。良かった。で、今日は何?」  何か用事がなくちゃ電話してはいけないのだろうか。なんとなく話したくなったから電話したのだけれど。そんな綾香を拒絶するような冷たい声だった。 「ごめんね、忙しいところ」  まだ小さい子の子育て中の女にとっての関心事は限られていることはわかっていた。でも、なんで自分が謝らなければならないのだろう。 「うん、大丈夫よ。で?」 「この間、正美から電話があって、久しぶりにクラス会開かないかって相談受けたのよ」  とっさについた嘘だった。 「ああ、ごめん。今、私は無理」 「そうよね。わかった。正美にはそう伝えておく」  早々に電話を切った。電話をかけてしまったことを後悔する。そして、電話をかける前よりも心の中はざらついていた。この感情を自分の中のどこにどんなふうに収めればいいのかわからない。  結局、綾香は何も見つけられないまま求人情報誌で見つけた駅前の本屋でパートとして働くことになった。反対するかと思った夫が賛成してくれたのは意外だったけれど。  家族を送り出した後、掃除、洗濯などの家事を片づけた後に出社して、夕方まで働く。とりあえずは週3日働いてほしいと言われた。仕事に慣れるまでにはしばらくかかったけれど、今は楽しいと思えるほどになっていた。 「増渕さん、事務所に来てくれますか?」  店長の渡部さんに呼ばれる。なんだか気持ちが高鳴る。入社面接を受けた時から綾香は店長のことを素敵な人だと思っていたから。 「はい」
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