第一章 もしかしたら

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 狭い事務所に入ると、店長が小さな椅子に座っている。綾香は、その前に置かれた同じく小さな椅子に座る。店長との距離が近くてドギマギする。 「どう? 慣れました?」 「はい。楽しく働かせていただいております」 「それは良かった。で、どうだろう。そろそろ週5日勤務にしてもらえればありがたいんですけど」 「大丈夫です」  即答していた。今家族で綾香の手を必要とする者はいないからだ。 「良かった。助かります」 「いえ、こちらこそよろしくお願いします。 「増渕さんのその明るくて、てきぱきとしているところが、社員や他のパートさんから信頼されてるし、それにお客様の評判もいいんですよ」 「えっ、ほんとですか」 「嘘なんかついてもしょうがないでしょ」 「嬉しいです」 「そういうことで、これからも頑張ってください」  誰しも褒められて嬉しくない人間なんていないが、自分が素敵だと思っていた店長に言われて、綾香は舞い上がってしまった。それからというものの、以前にも増して店長のことを意識するようになってしまった。  最近は企業側もパートやアルバイトを正社員に対する補助要員としてとらえるのではなく、重要な戦力と見てる。週5日勤務が始まりしばらく経った頃には、新書のコーナーを任されるまでになっていた。その分責任も重くなったが、時給は変わっていない。このことだけを考えれば割に合わないと言えなくもないが、確実にやりがいは高まった。 「ママ、最近イキイキしてるよね」  次女の紗英が言う。
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