第三章 また一晩眠ったら真新しい朝がやってくる?

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 そう言って、陽子は部屋を出て行った。陽子の姿が見えなくなるのを確認して、夫は綾香に向き直る。 「先生との会話を聞いていて思ったんだけど、今日の綾香なんかへんじゃない? その涙の跡といい} 「そう?」 「そうだよ。その涙の跡はひょっとして、またあの夢見たんじゃないの。もう勘弁してよ」 「そうなのかな?」  かなたに押しやっていたぼやけた記憶がどんどん色濃くなっていく。あの時、交差点に入った綾香の乗る自転車に気づいた大貫治夫の運転するトラックは、早めに急ブレーキをかけてくれた。お陰で事故にはなったものの、綾香のけがは比較的軽傷で済んだ。もとはといえば、よく確認せずに交差点に突っ込んだ綾香のほうが悪いのだが、交通ルール上は車の罪のほうが重いらしい。そんなこともあってか、治夫は入院している綾香のもとへ毎日見舞いに訪れた。  一方、晴久のほうは綾香が軽傷とわかると、たまにしか顔を出さなくなった。そもそも、あの日晴久が電話で綾香に話そうとしていたのは、それまでの恋人関係から友人関係に戻したいというものだったのだから、あの時点で晴久の綾香に対する関心はその程度のものだったのだろう。 「今日はだいぶ顔色がいいですね」 「そんなに変わらないわよ。だいたい毎日見舞いに来てるんだから、変化なんてわからないと思うけどね」 「そんなことないですよ。私は綾香さんのちょっとした変化も見逃しません」  治夫は一応加害者になるため、もし見舞いに来なかったら憤慨しただろうと思う。しかし、毎日見舞いに来られても、それはそれで鬱陶しい。人間って勝手な生き物だと自分でも思う。でも、いつしか綾香は治夫が見舞いに来るのを楽しみに待つようになっていた。それは、治夫の人柄や優しさに次第に惹かれていたからだった。
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