第一章 もしかしたら

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二  ニューヨーク行きが正式に決まった5月24日に、綾香と晴久は夜景の見える高層階のレストランで食事をとっていた。 「いよいよ決まったんだね」 「そう。どう? 寂しい?」 「いじわる」 「俺は寂しいよ」 「ほんと?」 「ほんとに決まってるじゃないか」 「私のほうが寂しい」  こんなどうでもいいことで張り合えるのが楽しい。 「毎月来てくれるんだろう」 「そうだけどさあ。やっぱり…」  晴久のニューヨーク行きが正式に決まったことで、急に現実の出来事として意識し、悲しくなったのだ。思わず涙が出ていた。 「泣かないで。それで…、この前の電話の続きなんだけど」 「うん」 「一緒にニューヨークへ行ってほしい」 「私も?」 「そう」 「それから、ニューヨークへ行く前に結婚式をあげたい」 「えっ、それって…」 「綾香、俺と結婚してほしい」 「晴久…」  なんとなく予感はあったけど、実際に言われると、とてつもなく嬉しかった。でも、ニューヨークへ行くことには少し迷いもあった。綾香には夢があって、日本でそれを追い求めようとしていたからだ。 「嬉しい。こちらこそお願いします」  結局そう答えていた。大好きな晴久と結婚できる。ずっと一緒にいられる喜びのほうが大きかったから。  それからというもの、二人は急に忙しくなった。結婚式の準備と転勤、転居の準備が重なったからである。綾香は会社を辞めることにしたのだが、業務の引き継ぎのこともあり、すぐにというわけにもいかなかった。そんな中で式場探しもしなければならなかったのであるが、なにせ時間が差し迫っていたためあいている式場がなかった。両親も協力して動いてくれたおかげで、幸いある式場にキャンセルが出たということで間に合うことになった。転勤、転居のほうは晴久の会社のほうで手配してくれたので問題はなかった。しかし、案外こうしたことは一挙にやってしまうとうまくいくものらしい。おかげで綾香はマリッジブルーになる余裕すらなく結婚式を迎えていた。新婚旅行にも行かず、慌ただしくニューヨークへと旅立ったのである。
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