第一章 もしかしたら

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 増渕親子が公園に入っていくと、コミュニティの母親たちが固まってこちらをじろじろ見たり、何かを囁き始める。そんなこと気にしなければいいようなものの、やはり気分は良くない。それに、母親同士の妙な関係など何も知らぬ娘はコミュニティの母親の子供と遊びたがったりする。 「ママ、雛ちゃんと遊びたい」  遠くにいる山形雛乃を指さす。 「芽衣ちゃん、今雛ちゃんはお母さんと用事があるみたいだからダメなのよ」 「ふ~ん」  納得していない芽衣。こんなことを言わなければならない自分が嫌になる。本当はもっと公園で遊ばせたいのに、早々に家に戻ることになる。ちょっと離れたところに別の公園もあるが、そこに行っても同じことが起こることがわかっているので行かない。勢い、家の中で遊ばせることが多くなり、芽衣には可哀そうな思いをさせている。しょうがないので、時々電車に乗って大きな公園に連れて行っている。今、このことが綾香にとって大きな悩みであり心配事になっている。しかし、解決策などない。自分の母親に相談したとしても、時代が違うため適切な答えを得ることは期待できないのでしない。 「ああ、面倒くさい」  このところ綾香は日に何度もこの言葉を一人で口にする。解決するわけではないけれど、口に出すことで少しだけ気が楽になる。  もう一つは晴久の浮気疑惑である。  ニューヨークにいる頃は、異国で一人家で晴久の帰りを待つ妻を案じてか、晴久は人一倍優しかった。極力残業も減らして、二人の時間を作ってくれた。もちろん、新婚だったということもあったのだろうけれど。そうした生活は娘が産まれても変わらなかった。  ところが、日本に帰ると晴久は変わった。部署が変わったことや役職についたことがあるかもしれないけれど、人が変わったように仕事人間になった。残業がすごく増えたし、出張も多くなった。だが、その出張の中に時々疑わしさを感じさせることがあった。男は忙しい時のほうが浮気すると、友達の美穂子から聞いていたけれど、どうやらそれは当たっているようだ。ただ、現段階では具体的な証拠をつかんでいるわけではなく、綾香の勘に過ぎない。この段階で母親に相談すればかえってややこしくなるだけなのでしないと決めている。綾香は先週の木曜日の夜の晴久との会話を思い出していた。
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