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藤堂翠子は、僕の目に狂いが無ければ一般的にとても可愛らしい少女だと思う。
長い艶やかなストレートの黒髪、切り揃えられた前髪の下にある目は大きく吸い込まれそうだ。色白で頬にうっすらと赤みが差していて、笑うと笑窪が出来るのは御愛嬌か。
そんな少女の口から飛び出した言葉に僕は「……え……?」と返すのが精一杯だった。
何故笑ったのだ。何がおかしい? 『その男』とは藤堂隆司の事か? どうして己の父親をそんな風に言う?
疑問で一杯の僕を見透かすように一瞥した翠子は、躊躇なく室内に入ってくる。止める余裕は今の僕には無かった。困惑していた。
ステップを踏むように倒れている隆司の元へ行くと、翠子は「眉間と心臓に一発ずつ。見事な腕ね。相当練習したのかしら」と冷静に観察する。理科の実験のように。そして、くすりとまた笑う。
「ところで、この死体は瞳孔が開いたままね。よほど驚いたのかしら。面白い顔」
「キミは……どうして……」
あまりにも情のない彼女の態度と言動に僕はつい口を挟んだ。しかし、言葉は続かない。続けられる筈が無かった。殺人者の僕に。
翠子は暫く僕を見つめると「ああ、思い出した。貴方」と両手をパンと打つ。その音にさえ僕は吃驚してしまった。
「経理事務長だった天海久雄さんの息子さんね? 名前は……そうね、誠一さんだったわ」
名前を言い当てられて僕はギクリとする。
いや、それよりも。
「何故それを子供のキミが……」
当然の問いかけだった。
しかし、翠子はつまらなそうに首をすくめて答える。
「社員やその家族のデータは全て頭に入ってるわ。……私の会社の従業員なんだから当たり前でしょう?」
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