1話 「始まり」

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 1話 「始まり」

 宝暦2042年11月。  今年もまた高校生達は、ギルドと呼ばれる団体組織を用いて、四つの都市という箱庭の中で戦いを繰り広げていた。  最後まで生き残った勝者には、一般高校生が遊んで暮らせる程の賞金に、願い事を一つ叶えてくれるアルティナの勾玉、代表者にはこの世界のありとあらゆる権限を一つ授与された。  この戦いの参加資格は例外を除いて簡単では有るが、ギルドを作成、もしくは入隊する必要があった為、並大抵な戦闘力ではこの戦いに参加する事さえ出来なかった。  それは学年上位者でも同じ。  彼等の場合でも何名かしか参加は認められず、どんなに優秀な成績を誇っていても脱落していく者は跡を立たなかった。  それにこの戦いは、いくつものギルドとのバトルロイヤルに専念される為、生き残る事さえも稀であった。  いつしかこの戦いは、大規模戦線アルティナと名付けられ、高校生達の間では戦いの頂点へと君臨していたーー。    ◇ ◇ ◇  首都オーディア東部にある市街地、アルゼ。  高層建築物が多く建ち並ぶここでは、オーディア内の経済は勿論。何十人もの学者や優秀な若者達が日々研究に明け暮れている。  ふと歩道を見渡せば、多くの学生達が通行しているのが見えるが、今日は誰もいない。  それもその筈。  ここは現在開催中の大規模戦線アルティナの区域の一部。  参加者である高校生達が所属するギルド以外、誰一人としてその場に存在してはいけなかった。  もしこの場に一般人が戦闘に巻き込まれて死亡した場合は、規約違反による戦死となるし、生存していたとしても発見次第拘束され、工作員の罪で死刑となるので参加者達は何も気にしなくても良い。  だから存分に、己の武器や能力を駆使して戦えとーー。  体格のある大柄な男性が誰も居ない事を確認して、高層ビル屋上の物陰から姿を現す。  男性はバーナーのような大型の溶接武器を手に持ち、その場から飛び降りる。そして高層ビルの中段を、蛍光マーカーでなぞるように斜め向きに融解させた。  すると当然のように高層ビルは、付近にあった歩道へと滑り落ちていく。  だがその落下地点には、一人の銀髪の少女が小さく見えた。 「〝デュランダル〟行ける?」 『左様だ我が友よ。あの鉄の塊など、我に斬れない物はない』 「そう? わかった。行くよ〝デュランダル〟」  可愛げのある少女の声と刀から聞こえた渋い男性の声。  半壊させた高層ビルの上から、男性は微かに聞こえた少女の会話を盗み聞きしていると、その少女の姿を視認する。  白いセーラー服に小柄な見た目からして、あの少女は神楽(かぐら)の生き残りであるのは間違いなかった。  だったらあの会話は、今落下している高層ビルを斬るのだろうか。そこまでの戦力があるのなら、少女が現れた瞬間この場を焼き払って倒した方がマシだろうと男性は考える。  すると少女はすぐに動き始めた。  道路に放置してあった普通乗用車を踏み台にして、少女は五メートル程高く跳躍し、落下する高層ビルの壁に足が触れると、勢い良く少女は上へと駆け抜けていく。  そこで男性は不意に少女の姿を見失った。  さっきまで視界に捉えていた筈の少女を見逃し、男性は思わず驚いた。 「どこ行った?」  男性は少女の行方を探していると、ふとある事に気付いた。  手元が軽くなったからだ。  もしかしてあの会話は、落下する高層ビルを斬るのではなく、男性の持つバーナーを斬る為のーー 「そう。(フェイク)だよ」  背後から聞こえた少女の声に男性は振り返るが、少女の持つ二本の刀に呆気なく斬られて一瞬で戦闘不能となった。  その同時刻。周囲で待ち伏せていた男性の仲間も数人倒され、彼等の敗退が決定された。    ◇ ◇ ◇ 「そう。(フェイク)だよ」  私は戦闘不能となった男性を見て、彼が考えてそうな答えを独り言の様に伝えた。  あの時私は、水色の刀型ソードデバイスデュランダルの共鳴能力『神速』と私自身の能力『気配遮断』を使用していた。  神速は人間が走る限界の速さを超えて残像を作り出し、視界に入った敵を撹乱する事が出来る。  あとは気配遮断で私の気配そのものを消し、彼の背後から奇襲を仕掛けた。  最後は彼に気付かれたけど、事前にデュランダルの固有能力『不滅の唄』を発動させて、武器を破壊する事で彼は何も出来ずに敗北した。  そして奇襲寸前の僅かな短い時間を使い、私の仲間には魔力反応で特定した彼の仲間の位置を指示をしていた。  見事成功したものの、この戦いはまだ終わりじゃない。  一つのギルドが敗北決定したしても、残りのギルドも相手にしなければいけないから。 (まだ精度が甘いかな……)  するとスマートフォンから非通知が鳴る。  妨害対策だろうと思い、私は二本の刀を鞘にしまって電話に出た。 『姫ー。状況は、どう?』 「私は無事。男は倒した」 『そう。私達も姫ちゃんの見つけた敵の残党倒したから、もうレッドミノタウロスは敗退決定だね。あとは』 「待って」  私は何かの視線を感じて、少し横へと歩いた。  すると真横から発砲音と共に銃弾が放たれ、地面にパスッと当たる。  狙いは頭だろうけど、これは……。 「デスティニーが動いた」 『情報提供ありがとう。確かにもうデスティニーぐらいしかいないだろうと思ってたけど……。姫ちゃん。それは銃弾に似せた魔法弾だと思うけど、弾の種類はわかる?』 「弾は12.7☓99ミリで、魔力供給用に特殊加工。たぶんデスティニーのへカート使っている子だと思う」 『あの子ね。アルティナ開始早々、オニキスのリーダーを倒した……。今からデスティニーの拠点情報を送るから。姫ちゃんはその子倒したら、敵の拠点で合流しよ。じゃあね』  プツンと通話が切れる。  私はすぐにスマートフォンで仲間に送られた敵の拠点を確認した。  デスティニーはここから北にある魔境ディルティアの周辺にいる。  一方。銃弾の軌道から見て南側にいるへカート使いの子。 (私を仲間から分断させるつもり) 「どうしよう……」 『北へ行け。我が友よ』 「デュランダル? どうして……」 『デスティニーには魔剣使いがいた筈だ。仲間が全滅すれば、我が友は敗退決定するだろう』 「わかった。デュランダルを信じるよ。行こう。私達の最終戦争(ラストバトル)へ」 『行くぞ。友にして我が主、星乃よ……』  私はその場から姿を消して、北にある魔境ディルティアを目指した。    ◇ ◇ ◇  一時間後。  液晶テレビの画面から生中継で、今年の大規模戦線アルティナの様子が映し出されていた。  もう既に戦いは終盤に差し掛かり、デスティニー対神楽(かぐら)、二組のチームによる最終決戦が始まっていた。  現時点で生き残っているのは、デスティニーは三人に対して、神楽はたった一人。  戦いは見えていたとしても、決して不利ではない状況だった。  何故かと言えば、現在神楽のダークホースと呼ばれている銀髪の小柄な少女。一年巫女科(オウカ)(ひいらぎ)星乃(ほしの)が、面白い動きをしていたからだ。  彼女は魔剣使いの少女と交戦中だが、背後ではへカート使いの少年に狙われていた。  デスティニーを指揮する白髪の男性は二人のサポートに入り、魔剣使いの少女に回復を、へカート使いの少年には特殊弾を作成している。  だが彼女は二刀流だからか、魔剣使いの少女に対して非常に好戦的で、相手に回復させる隙を与えさせない程の連続斬りを繰り出していた。  魔剣使いの少女は苦しい表情を浮かべ、画面越しでもそれが分かるようにはっきりと見える。  それに彼女は背後を狙われているのにも関わらず、へカート使いの少年の攻撃を全弾回避しているので、これはもうどちらが先に勝利するのか分からない状況だった。  すると魔剣使いの少女の背後から、いきなり長身の女性が現れた。  少女は背後を警戒したが故に不意を付かれ、二刀流の彼女に倒された。 『姫ちゃん。ご苦労様』 『もう疲れた』  どうやら長身の女性は神楽のメンバーなのだろう。  これで形勢逆転だと察したのか、白髪の男性は遠距離魔術を放つ為に座標固定する。  だが長身の女性は何とも無防備な状態で、片手には拡声器を持ちながら白髪の男性に一言告げた。 『規約違反してますよー』  するとその場の空気が一斉に変化する。  MCの女性は内心驚きを隠せずにあわわと慌て出したが、自分の立場に気付いてハッと自我を取り戻し、デスティニーの行動そのものをもう一度確認し始めた。  すると教師科(アルティナ)の上層部達が彼女より先に行動し、現場の状況を迅速に調査した。  そしてルールに則り、彼等の最終決断が終了した。  彼等の代表者がMCの女性に情報を流した。 『おおーと! ここで戦闘終了っ! デスティニーは魔術武器の弾薬数オーバーにより、アルティナ実行委員会から規約違反が認められました!!』 (えっ……。マジか……)  どうやらデスティニーの白髪の男性が作成していた特殊弾の個数が、大規模戦線アルティナで定められている規約よりも大幅に作成し、尚かつ本人もそれが不正だと知っていながら動いていたらしい。  まさかの規約違反という何とも呆気ない終わり方だが、今まさに今年の大規模戦線アルティナの幕が閉じた瞬間だった。 『勝者! 柊星乃率いる神楽!』  MCの女性がそう宣言すると、勝者に対して大歓声が贈られた。  柊星乃と呼ばれた銀髪の彼女は、持っていた二つの刀を鞘に収めると、何も口にしなかったが、隣にいた長身の女性が喜びながら、彼女を小動物のように抱き寄せる。  あんなにも低身長な彼女が神楽の一年生にして、メンバー最強という謎の戦闘力を誇るが故に、誰も予想すらしていなかったようだ。  一部を除いては……。  ソファーに腰掛けて見ていた高身長の黒髪黒目の男子生徒。一年支援科(シーナ)九重(ここのえ)明人(あきひと)は、今まさにこの状況を大いに楽しんでいた。 (何故か?)  それは前日の賭博で、優勝候補ですら無かった神楽の彼女に、全額賭けた僕だからこそ味わえる光景だからだろう。  これで来年のアルティナ行きの切符は、手に入るも同然だった。 「お前の予想通り、神楽だったな。賭け金と指名した的中率で、お前の目標は達成したか?」  隣で同じくソファーで見ていた金髪のショートヘアの低身長の少女、ガオウは右手に持っていた苺オ・レをストローで飲みながら、橙色の瞳で僕を見つめた。 「ああ。この資金なら来年は、大規模戦線アルティナに出場できるよ」  今回の賭博で賭けたポイントをスマホで確認してみると、軽く一兆円を超える程の馬鹿げたポイントが口座に振り込まれていた。 「そうか。なら良かった。お前が負けた場合の食費やら維持費やらを請求せずに済むな……」 「ガオウ。そこまで想定して、今回賭けなかったのか……」 「ああ。俺はお前のパートナーだからな。そのくらいしないとダメだろ」 「ガオウ、ありがとな」  僕はガオウの頭に手を伸ばして優しく撫でる。  するとガオウは内心喜びつつも、少々恥ずかしそうに小声で囁いた。 「撫でんな、お前」  僕はその声が可愛かったから、半ば強引に撫で続けたが、ガオウは特に何も怒らなかった。 (ガオウに心配されると流石にアレだから。大会出場は来年になってからでも良いか……) 「お前」 「なんだ?」  ガオウは僕の行動から離れさせる様に液晶テレビを指差す。  そこには勝者に贈られるアルティナの勾玉の映像が流れていた。 「何で俺達の世界にあった物が存在してるんだろうな?」 「それが分からないから参加するんだよ……」  アルティナの勾玉。あれは、この世界の物では無い。  この一年間学業を疎かにして調査に費やしたが、何も情報は出なかった。  やはり高位の権限が無いと駄目なのかも知れないが……。 「まあ来年参加するんだったら良いか。俺も分からなかったしな」 「ガオウ、何かしてたか?」 「しただろ!」  苺オ・レを手に持ち直し、無い胸を張りながら僕に見せ付けた。 「はいはい。分かったよ」  何を言っているのか分からなかったが、僕はガオウを褒めつつ話を横に流した。  その後。僕は二年生へと進級して大会出場を目指した。
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