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 色とりどりの供花と鯨幕ーー黒白の幕に囲まれた祭壇の前では、袈裟を身につけた坊主が低い声で念仏を唱えている。  仏教の『ぶ』の字も知らない彼女ーー伊野楓(いのかえで)が、意味もありがたみも知らない念仏を聞かされて、穏やかな気持ちで天に召されるのかは、甚だ疑問だった。  真に故人のことを想うのならば、念仏の代わりに生前の故人が愛聴していた音楽でも流していた方がいいのではと考えるのは、きっと僕だけではないだろうーーと、考えたところで、楓が洋楽のハードロックを愛聴していたことを思い出した。  でも、デスボイスやエレキギターの爆音で死者を弔うのも、それほど悪くはないような気がする。厳かな念仏の声と、規則正しいリズムで刻まれる木魚の音と、式場のあちらこちらから漏れてくる嗚咽と号泣に弔われるよりも、楓は喜んでくれるのではなかろうか。  十九年の人生において、葬儀に参列することはこれが三度目だった。  初めての葬儀は自身の母親だったが、当時はまだ二歳だったがゆえに、その記憶は一切何も残っていない。  二度目は確か九年前ーー祖父の葬儀だった。葬儀に参列した祖父の子孫や親類たちは、後に催された会食で故人を肴に、談笑を楽しむ余裕を持ち合わせていた気がする。  つまるところ、故人に注がれる悲しみの総量というものは、故人が生きた時間の長さに反比例するのかもしれない。
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