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喧騒が失せ、影は沈み、灯火は粉塵を焦がす。
拳が強張っていた。長く力み過ぎていたせいで指が固まっていた。鱈男の髪を掴んで引きずっていた。首は折れている。地べたに落とすと顔が仰向けに捻じれた。小屋内の奥まった場所に視線が及ぶ。深みに潜む静けさに耳鳴りがする。ただの空虚ではないことを、勘ではなく本能が知らせていた。
冷えた床を進んでゆくと土を塗り込めた壁に行き当たった。扉に堅固な施錠。力任せに行うほどの卑しさは要さない。素直に開く手段の見当はついた。
光が皆無の内部へ燭台を差し入れた。並んでいた四角張った輪郭を物色する。
すぐ足元に置かれていた木箱に触れた。湿り気を確かめる。蓋を除くと先程の黄金の杯が現れた。
手近な箱から順に開けてゆく。宝飾品。彫像。財を弄ぶ者達の欲の対象になり得る品々。古い化粧箱に施されていた紋様に関心をひかれた。遥か昔に滅びた大国で用いられていた金貨が収められていた。隣国の大公が盗難にあい、幾人もの下人の首が飛んだと取り沙汰されていた品だ。多く、傭兵が集められていたが犯人を突き止められず。足取りは立たれたきり、宝の行方も分からなくなっていた。
間々とある、郊外の水路に流れ着く、鳥獣に食い荒らされて五体が揃わぬ屍が思い出される。素性不明の死体は早々に焼かれ、人々の心に残ることはないが。
質の悪い一味。所謂、凶賊が、邪悪な噂すら流されずに悠々と振る舞っていられた仕組み。
身代わりに事を為し、それ以来、見掛けられなくなった日陰を渡らう者の結末がここにあった。己もそこへ連れてこられたらしい。
積み上げられた宝を眺める。蓄えられていた罪を眺めている。罪が罪を裏切り、欺かれ続けてきた。生んだ罪を、罪をもって殺してきた。銀貨が転げる様を嗤って見ていた男の顔に重なる、繰り返し、繰り返されてきた。
変わらず、繰り返されている。
血肉で肥やした大地でのみ魂の飢えは満たされる。白骨の宝冠を頂いた王が唱えた。色めき立つ行進。声高らかに歌い、踊る仮面の群衆。剥いだ人間の皮を張り付けて、盗んだ顔で宴を繰りひろげていたのは悪魔ではなく人間自身。
汗を乾上がらせる熱。骨の髄が煮えたぎる。血潮は苦痛を率いて逆巻き、毛髪の先まで巡らされていく。裂けた皮膚から噴き出し続ける、ねとついたものが伝い落ちて、背中が爛れていた。
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