無法者

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夜明けが近い。だが、まだ、夜の続きを全うする輩が占めている。 郊外の寂れた娼家通りの裏手。腐敗臭で薄靄掛かった場所に木造の小屋がある。不埒者が溜まる酒場。店主はいつも、帳場に足を上げてくつろぎ、半目を閉じている。脇を行き過ぎると、此方へ一瞥くれた。店内の最奥の卓に独りで座している男がいた。台を挟んで佇むと男は顔を上げた。頭巾を剥いで、己の面を現した。男が姿勢を解いた。 此方の懐から袋を出して卓上に置いた。中で品物が動いたのか、台板とぶつかる硬い音がした。男は袋を引き寄せ、内容を覗く。入れ違いに報酬の小袋を差し出し、男は酒場から出ていった。 再び、頭巾を被り、外衣の紐を結び直したが、 「あんた」 甲高い声に呼び止められる。年増の女が衣の裾を大きく揺らしながらやってきた。店主の妻だ。 「持ってお行きよ」 女将は胸に抱えてきた瓶を我意に握らせた。重ねた指先で手の甲をみだりに撫でてくる。 「嫌な噂を聞いたんだよ。うちに出入りしていた奴のことだよ。最近、音沙汰がなくなったと思っていたら、軽はずみに手を出した盗みのせいで行方知れずなんだとか」 この饐えた空気が満ちる店に、酒が目当てで訪れる客はいない。この場所は無法者らへ仕事を仲介することで賄われている。どれも口にすることが憚られる依頼ばかりが持ち込まれている。 「あたしは、あんたが心配なんだよ」 粘着質な流し目が顔面にまつわりつく。胴を捻って女将を引き離した。振り仰いだ拍子に店主と目が合った。 「うちのやつ、かわいいだろ。おたくは特別さ。贔屓を連れてきてくれるから」 店主が笑う。この男は蛇が舌を鳴らすようにしゃべった。 店の外はまだ、暗かった。渡された瓶の栓を開けて、匂いを嗅いだ。林檎酒だ。路上で丸まっていた浮浪者の前に酒瓶を立てた。腰を曲げた弾みで、首に下げているシャプレの十字架がローブの隙間から垂れる。顔を上げた丁度にすれ違っていった男を横目で追った。近頃、しばしば、見掛ける者だ。ごろつきなどはお縄になる度、追放の目にあうのが通例。無法の界隈に知らぬ顔が増えることは日常の内だが。無視できず、気に留めてしまう。 「あら。エーグルファンの手下だわ」 雑味が混ざる歪んだ声音。少女と呼ぶには垢染みているが盛りは過ぎず。裏隣りの娼家から出てきたのだろう。結い上げた髪の後れ毛を撫でながら、薄ら笑いを浮かべていた。 「酒に酔って、話し出したの。従っている兄貴分の酷い愚痴よ。呼び名が鱈だなんて、十分な悪口よね」 馴れ馴れしく構ってくるが、知り合っていたところで彼女らに区別をつけたことはない。 「おまえ様は、今、お戻りなの? こんな冷えた明け方に、独り寝なんてよしなね」 しな垂れかかってきた娼婦を払い除ける。このままでは休まる場所も得られない。 行き先を定めずに歩き続けた。腐った空気が朝霧に換わっていった。道すがら天を仰いだ。図らずも溜め息が零れた。 仕事の種類は厭わない。何であろうと行なってきた。金を得るためか。それも必要なことであるならば、拒む意義はない。 己は、望もうと望むまいと、神が課した宿命に抗うことはしないだけだった。
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