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その日、都市の広場では祝日の市が活気づいていた。紛れた雑踏が時を押し流して、瞳に何も映さず、大衆の影になっていられた。
土埃がこびりつく乾きに鼻が害されていた。叫び声に気が付き、足を止めた。周囲を顧みずに懇意な視線を注ぐ青年。彼は手を振ることを躊躇っていたが、此方が頭巾を脱ぐと、大きく腕を振りちぎった。
リュシアン。
彼は、正しく、父の使いの途で天と地の間に引っかかり、身動きが取れなくなったのではないか。賑わいの中にいて馴染まない姿があった。
「やはり、貴方でしたか」
彼が駆け寄ってきた。此方を見上げていた彼の笑顔が消える。
「僕のことを、覚えていますか」
頷くと、再び、笑顔が戻る。
「日曜には、お見掛けできませんでした」
リュシアンは俯いた。心情を見せまいとしたのか。顔を上げずに己の胸元に目を留めている。十字架が表に出ていた。銀の輝きは、黴が生えた革の外衣には似つかわしくなかろう。
「どこかへ向かわれている最中でしょうか」
彼のまなざしは相手の瞳に臆面なく懐いてくる。目線を背けて突き放すと露骨に慌てる。
「どうか、行かないで。僕はこれから大聖堂へ戻ります。温かいものでも飲んでいかれませんか」
己の外衣を捕まえていた彼の手が、徐々に滑り落ちていく。赤面を微笑みに転じ、彼は指を揉んでいた。
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