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リュシアンが教会堂の扉を開く。射光の帯が祭壇まで伸びた。招き入れた後は堂内に満ちる影に託して、彼はさっさと、柱をぬって消えていった。
カテドラルに棲む気配。帰還を受け入れようと広がる巨大な腕。影とはそもそも穏やかだ。己が抱かれた覚えはないが、これは、人々にとっての、かつて在った場所であり、帰るべき場所。
扉を閉めると、床に散らばるヴィトロの彩が浮き上がった。窓から落ちてきた、色から色へと渡りながら進む。内陣に到って、祭壇へ近づく。祈る者がいた。身なりの綺麗な娘。質素に装ってはあるが、平民が仕立てられる代物ではない。神を仰いでいたが瞳が映していたものは終焉。
「もし」
ゴブレを差し出すリュシアンが隣に立っていた。注がれた液体から上る湯気を嗅いだ。葡萄酒の酸味が鼻の奥を潤す。
「彼女は足繁く通われていて。ご家族共に、敬虔な方です」
リュシアンは、祭壇の前で跪く娘を見ている。
「十字軍の戦いに赴かれている、父君と兄君を案じていらっしゃるのでしょう」
彼は僅かに眉をひそめて微笑む。この場の者からは顔を逸らしているように首を傾げ、別の何かをなだめるための表情をしている。娘が立ち上がり、振り返った。リュシアンが進み出て、彼女を促しながら戻る。
「こちらはジョゼフィーヌ嬢。南の森の伯爵、ピエル・ルヴィエ殿のご息女です」
会釈を終えて、娘が此方を見上げた。彼女の笑顔を凝視した。己の記憶の穴へと手引きされる。
「彼の名は」
リュシアンの声で引き上げられた。まごついている彼に向けて、娘は首を振る。
「黒い御髪。黒い瞳。ムシュー・ノワール」
彼女の瞳に入った己の姿を確かめようと覗く。水晶の内部の混沌で煌めく赤や青の泡沫。幾つの色を、その中に収めているのか。
「はじめまして。どうぞ、お見知りおきを」
彼女は挨拶を求めて手を差し出した。側めた視線を彼女へ落とす。指先で弾くように、その手に触れて返した。
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