序章

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かつては下町と呼ばれた軒の低い住宅街はビル群に生まれ変り、東京は予想以上に肥大化していた 阪元道雄が数年ぶりに目にしたそんな東京は、懐かしさを一つも感じさせるものではなかった しかし道雄を乗せた列車が江戸川を渡り、五分も走ると、その車窓から見える景色は懐かしくもあり、退屈なものに変わった 東京が肥大化しても、この常磐線の沿線だけは都市化に取り残されているのか、所々虫食いのように田園が顔を出し、灰色ばかり見ていた目を落ち着かせた その緑色の広がりは、列車が利根川を渡ると更に顕著になり、一時間ほどしか揺られていないのに、都心と比較すればそこは別世界だった 自覚している限り生まれて初めて乗った電車の車窓の記憶と重なるものが幾つか目に飛び込んでくる 田園風景のど真ん中に、ばかでかいカップ麺の容器のハリボテみたいなものがあり、そこから白い煙が湯気のように出ていた 大手製粉会社の工場の煙突だ その煙突を目にしてから常磐線に5分ほど揺られ、更に、一時間に二本しか走らないローカル線に乗り替え、二駅いった先に道雄が生れた町はあった そのローカル線の先にある町はすっかりと寂れ、商店街は軒並みシャッターをおろしていて、今や車でも持っていない限りろくに買い物すらいけない陸の孤島のようになっていた 道雄は、そんなローカル線に乗り替える駅で降りず、数駅先の、駅前にレンタカー屋がある駅に降りた
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