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さよなら、ザリーさん
当時ボクは、他人(ひと)に職業を聞かれたときに一言で説明するのが難しい、儲かりそうなことなら何でもやってみるけど、今のところはあまり儲かっていない会社に勤めていた。
手がけている仕事の中では、一番聞こえがいいので、普段はオーダーメイドのスーツを作っていると答えていた。
ある年の夏に入る前、社長(通称ボウズ君)から、松山市内で夏の間、毎週土曜日に開かれる夜市に何店舗か出店するという予定を聞かされた。ボクはその中で冷やしきゅうりの屋台を担当すること、という指示を受けた。
その日から普段の業務にプラスきゅうりが加わった。さらに、福利厚生の一環として、朝五時に集合してソフトボールの試合に参加するという謎のイベントが同時期に加わった。おかげでかなり多忙な日々になった。
週4でソフトボールの試合に参加。仮眠。事務所出勤プラスきゅうり。当時通信制の高校に通っていたので、学校の勉強。会社が経営している飲食の店舗へ顔出し。その店舗で働く若い従業員が、極真空手の大会で2位になった男(自称)から恐喝されていると相談があったので問題の解決に動く。仮眠。ソフトボールの試合。と、だいたい仮眠しかとらないサイクルで平日は過ごし、土曜日は下準備と設置、撤収を含めると朝から深夜まで屋台のことで時間をとられ7月は過ぎていった。
6月の終わり頃から始まった夜市は、8月のはじめに終了した。8月3日、土曜日。夜市最終日の日付はちゃんと覚えている。その日、自分の屋台を離れ、飲み物を買いに販売機まで行った時に、ザリガニ釣りの屋台を見つけた。
釣られる用の水槽に入ったザリガニは、こんな田舎町ならそこら辺のどぶをよく探せば見つかりそうな、ごく普通のザリガニだったが、それとは別に販売専門として、カリフォルニアブルーと名乗るザリガニが売られていた。
名前の通りきれいな青色で爪を大きく広げてこちらを威嚇している姿をみて、「気持ち悪いなー」と思ったが、ボクはなんだかそのザリガニのことがとても気になり、迷った末に買ってしまった。
きゅうりの屋台にザリガニを連れて戻り、隣で「ボルケーノ(火山)」というナイスなネーミングの創作豚肉料理を売っている会社の常務、多田さんに見せると、昆虫類が苦手なボクがザリガニを飼うことにビックリしていた。
一応、飲食物の屋台なのでザリガニを人目につかないように足元に隠しながらも、ボクと多田さんは時折ザリガニを見ては楽しんでいた。この時に「ザリーさん」という名前と、平日は会社で飼って週末はボクが家に連れて帰るという、今後のザリーさんのライフスタイルも決まった。
途中、ザリガニもお腹が空くだろうと、ザリーさんのかごの中にきゅうりを入れてみたが、ザリーさんはきゅうり相手にチョップみたいな技をくり出しただけで食べなかった。
多田さんがボルケーノなら食べるんじゃないか? と言ったがザリガニが食べるには少し刺激が強すぎる気がしたので丁重にお断りした。
規定で夜9時に営業を終了し、この日が夜市最終日だったので仲良くなった、近くで屋台を出している人たちに挨拶をして回りながら、ボクはザリーさんを自慢した。
撤収作業と洗い物をしていると帰れるのは深夜12時前になるが、ボクは眠たいながらも少し回り道をして、コンビニでザリーさんの食べれそうなものを買って帰った。
ボケーッとしていた顔なじみの店員に、ザリガニがなにを食べるか知ってるか聞いてみたが、「私はエイヒレが食べたい」と、ずれた答えが返ってきた。
もしかしたら、あの店員はザリガニと自分の区別もつかないぐらいボケーッとしていたのかも知れない。
とりあえずイカの足と、まんざら食べなくもないと思いエイヒレをザリーさんのために買って、自分の食事としてカップラーメンのKINGサイズを買って帰った。
家でかごの中にイカとエイヒレを突っ込みながら、寝る前にパソコンでザリガニの飼育方法を調べ、出来るだけザリーさんに快適な生活を送ってもらおうと、翌日は昼から飼育に必要な道具一式を買いに行くことに決めた。
ついでに、この時にザリーさんはカリフォルニアブルーといういかした名前の品種とは別の「青ザリガニ」という庶民派だと知った。
そうとうに寝不足だったし、疲れも溜まっていたので、めっちゃ寝るかと思いきや、短い睡眠に慣れていたので6時間程度で目が覚めた。ボクがザリーさんのカゴに目をやると、エアコンが無く扇風機だけで涼をとるボクの部屋の暑さに耐えられなかったのか、ザリーさんがまあまあヘバっていたので、慌ててボクの部屋よりは少し涼しいダイニングに移し、冷蔵庫で冷やしていたボルヴィックをカゴの中へ投入した。
ザリーさんが元気を取り戻したのを確認してから、シャワーを浴び、歯を磨きと出かける準備をしつつ、ちゃんとした水槽を買ってきたら写真をとって、フェイスブックでみんなに紹介して、将来的には会社のイメージキャラクターを青いザリガニにして、などと計画を考えた。
そうこうしている内に、バーで朝まで働いている家の三男坊(当時24)が、まあまあいいテンションで酔っ払いながら、仕事場の後輩を連れて帰って来た。
三男坊はザリーさんを見つけると、
「なにこれ、スゲー!!」と大ハシャギしながら、後輩に「鼻だして」と言い出した。後輩が渋っていると、
「ザリガニに鼻挟ませれんような奴が、夜やっていけると思うんか!」と間違った説教をしだした。
ボクは、ちょっと危ないなーと思いながらも、後輩が鼻をザリガニに挟まれる姿が見たかったので、あえて止めずに静観していた。
後輩が仕方なしに覚悟を決めると、三男坊は器用にザリーさんを掴み、ハサミを鼻に持っていった。
挟まれた瞬間、後輩は、
「痛い! 痛い!! くさい!!」と言いながら飛び跳ね、三男坊はそれを見ながら、「ケタケタケタッ」とすごく嬉しそうに笑った。
ボクはくさいとは失敬なやつだなと思いながら眺めていた。
後輩があんまり、飛び跳ねるものだから、そのうちにザリーさんは、そいつの鼻の高さから落下した。
結果、ザリーさんは死んだ。
〈 了 〉
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