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星の数ほどの一戸建てや集合住宅を訪問してきたが、彼を温かく迎えてくれたところは一軒もなかった。
しかし、そのアパートのとっつきにくさは殊更だった。なにしろ廊下の電灯が点かないのだ。
夕暮れ時である。街路灯はすでに点灯しているが、残照はまだ強い。
壁のスイッチを何度か試してから諦め、最初の部屋のインターホンを押す。
悪く思わないでくれよ、と心中で呟く。それからお決まりの台詞。
「こんばんは、遅くなって申し訳ありません」
ここで正直に身分を名乗る間抜けは、この業界ではやっていけない。わざと近しい人間や別業者を装って声をかけ、お人好しを釣るのがコツだ。
応答はなかった。
しつこくチャイムとノックを繰り返す同僚もいるが、彼はそんな面倒な手間はかけない。不在票を郵便受けに突っ込み、さっさと次に移る。
だが、隣の部屋もなしのつぶてだった。その隣も同様だ。
最後の部屋は、戸が開いていた。
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