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人質にでもする気か。
はたまた情報を吐かせようと尋問されるのか。
生憎と何をされても応じるつもりはないし、隙があれば自害しよう。
と、勝手にこっちが真剣に捉えているだけだが……何だこの呑気な男は。
鼻歌交じりに私の腕を引っ張って歩いている。
上を向いて夜空を眺めているのか、何も話そうとはしない。
いつコケるか心配だ。
決して男がという訳では無い。
「ん、着いたよ。入って? 」
そこらにある建物よりも一回り大きい宿屋。
看板には松屋と書かれてある。
確か此処は、長州の住処だった気がする。
もっと言えば、尊皇攘夷派の会合場所。
敵地を前に大人しく着いていくと、何の変哲もない部屋に招かれた。
「ここが僕の部屋。着物貸すから、風呂に入ってくるといいよ」
風呂上がったらここに来い、って意味が込められてるのだろうけど、わざわざ私を一人にしてこの男に何の得がある?
私を野放しにするという事は、この宿にいる自分の仲間を危険に晒すということ。
もしくは逃げ出すか。
するかどうかと聞かれれば、しないけど。
それともこいつには、私が逃げも隠れもしないと断言出来る理由があるのだろうか。
まあ、いいか。
「……遠慮なく」
いちいちこの男の不自然な行動を気にしていると流石に気が滅入る。
絶えない疑問を残し、風呂へ向かった。
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