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風呂から上がり、まだ乾ききっていない髪を拭う。
大分乾いてきた頃、いつの間にか用意されていた寝間着に着替え、あの部屋へと戻ってきた……が。
「いない……」
何故かあの男がいない。
いやほんと、警戒心が無さすぎないか?
何がとはもう言わないが、どこに行ったんだろうか。
ま、一人に越したことはない。
くつろぐ気満々で部屋に入ろうとした時、ふと、何かを感じた。
──背後から
「っ!? 」
「おっと──あっ」
ドンッ、と背中に痛みを感じた頃に音がした。
何が起きたか分からず目を開けば、そこには探していた男の顔が目と鼻の先に。
後ろには天井が見えていて……どうやら組み敷かれているらしい。
足を引っかけてしまったのか、倒れそうになった私の腕を男が掴んだ、ってところか。
まあ結果はこれだけど、少し憂さ晴らしが出来た気がする。
この男の驚く顔が見れたから、なんて流石に幼稚か。
というか……
「……早く退いてください」
何故立ち上がらない?
さっきも同じような事があった気がする。
違うことといえば、苦無を持ち合わせていないぐらい。
「……あの」
聞いてるのか?と、男の顔を見つめ返す。
またニヤニヤしてそう、なんて思っていたがそうでもなかった。
寧ろ、真剣味を帯びた顔だった。
底無し沼のように暗くて深くて、闇を抱えているような。
ひどく吸い込まれる瞳をしている。
──ドクンッ
不意に高鳴る心臓の音。
風呂上がりだったのか、僅かに火照った男の顔が、ゆっくりと、確実に迫る。
何をされるのか、考えなくとも予想がついてしまう。
早く引っ叩いて、蹴るか殴るかしないと。
そうは思っていても、脳から体へ命令が行き届かない。
「……っ」
濡れた髪先から滴る雫が、そよかの頬を伝う。
男が纏う色気着いた香りに、頭がクラクラする。
嫌でも意識してしまう。
「やめ……て……」
やっと出た言葉は、おかしいくらいに覇気がなかった。
けれども、男を止めるのには充分だったらしい。
お互いの唇が重なるすんでのところで、止まっていた。
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