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ハッとしたように男は顔を上げて、身を引いた。
けれどまた、くしゃりと笑って。
「なんてね。驚いた? 」
驚いたって…そりゃまあそうだけど。
「…足、引っ掛けたでしょう?」
「うん! 」
「……」
会って間もないが、こいつに問い詰めるだけ無駄だということは何となく分かった。
代わりに冷ややかな視線を送ってあげると、男はそれに答えるように呟いた。
「んー、でも君も悪いと思うよ」
「何が…」
「自分の胸に手当てて考えてみなよ」
含みのある言い方だなと思いつつも下を向くと、自身の有様に思考が停止した。
やけに涼しいなと感じていたら。
色白の、年齢に相応しいくらいの胸元が晒されていた。
幸いと言うべきか、大事な部分は見えていない。
だが、普段着物を緩めず、肌が露出するのを嫌うそよかにとっては、恥以外の何物でもない。
「……っ」
その事を再認識すると、顔がだんだんと熱くなっていくのが分かる。
「ね? 」
誰のせいだと思ってんだ……!
急いで襟を寄せ、整えると、改めて男を睨んでやった。
「ま、今は襲わないから。早く寝なよ」
今ってなんだ、今って。
不安要素満載の状況で無防備に寝ていられるか。
落ち着かなくて寝付けない、絶対。
「じゃ、おやすみー」
と、布団に潜り、背を向ける男。
いやお前はお前で無防備過ぎるだろ。
不気味なほどに警戒しないな、この男。
「……」
それに、まだ何も聞けてない。
この男だって、聞きたいことは山ほどあるんじゃないのか。
敵とか味方とか、そういうのを無しにしても。
「明日、話そう」
心を読む術でも持っているのか、私の疑問に答えるように男は言った。
確かに、今日は花街に行ったり仕事失敗したりで、もう疲れてしまった。
そういや。
こんな濃い一日、 "記憶を失ってから" 無かったな…。
ふとそんな事を思い出し、私も布団に潜る。
あと数刻もすれば陽が現れる。
警戒してもまた疲れるだけで、今日は大人しく寝ることにした。
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