生きる意思

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寝間着に羽織っただけの格好で、そよかは考え事をしながら宿場町を歩いていた。 一応、私は裏切りの身。 あの男、" 吉田稔麿 " の暗殺を任されていたが、返り討ちに合った挙句、傍から見たら寝返った事になる。 おまけに依頼主との関係は複雑なもので。 私が生きていると知れば、確実に追っ手が掛かる。 何せその依頼主とやらは、将軍に忠義を尽くす会津藩藩主、" 松平容保 " なのだから。 そして、依頼主でもあり主でもある彼の、直属の部下が私だった。 部下というには収まらない関係だけれど、昨晩でその関係はもう終わってしまった。 今は追手から逃れるためにも、こうして宿周辺を散策し、地形を覚えているのだ。 それにしても、随分早くに起きてしまったらしい。 人が全く見当たらず、春になったばかりの冷たい風が身体に突き刺さる。 思わず襟を寄せたが、羽織っただけでは寒さは拭えず、身震いする。 「……帰るか」 大分宿から離れてしまったし、そろそろあの男も起きる頃だろう。 それに……人気のない場所は、何が起きるか分かったもんじゃない。 ほんとうに、ね。 「──っ」 道を塞ぐように、路地から現れた男。 追っ手の者、というわけではなさそうだが……。 いつから狙われていたのか、獣のように私という獲物を見下し、口が裂けんばかりに口角を上げている。 だが、目は笑っていない。 男から放たれる狂気じみた殺気から、理性は感じられない。 「人斬り……」 そう確信したのは、相手が既に刀を抜いていたからだった。 「へえ、分かってるんなら話は早いよなぁ? 」 相手は大太刀、対してこちらは小刀一振り。 苦無や毒針は黒装束に入れたまま持ってきていない……! 予想もしてなかった。まさかこんな朝早くに人斬りと遭遇するとは。 だが、ただの人斬りならば、勝機はある。 冷静を装い、そよかは唯一の武器を構えた。 「女ァ、抵抗してみるか? 」 本能がけたたましく訴えてくる。 こいつは、危険だ。
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