生きる意思

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「一つ聞かせて」 目の前の男、吉田稔麿について探る気は、今のところ無い。 一切自分の事を話さないのだから、聞いてもはぐらかされるだけ。 そうでなかったとしても、契約の内容を確立させる方が優先だろう。 理由は知らないが、彼は余程私の行動を制限したいらしいからな。 「そもそも、貴方が私の質問に対して嘘をつくかもしれない」 「なるほど。証明しろと? 」 「……できるものなら」 嘘をつかないという証明が、今この場でできるならだけど。 「そうだなぁ……君に有益な情報をあげるよ。実は、僕の左半身はね、ほとんど生きてないの」 「え……」 何を、言っているの……? 生きてない……ということは、左半身の五感がないということ? 半信半疑で、悟られないように吉田稔麿の左腕を触る。 ……本当に気づかない。 けれど唯一左目は見えているようで、ほんの数秒後に私が触れていることに気づいた。 「ね? 」 そんな、決して軽いことではないのに。 無理して笑っているようにしか見えなくて、どうしてか、また胸が痛む。 「僕の最大の弱点だよ。僕が嘘をついた時は、この情報を会津にでも幕府にでも流せばいいさ」 「っ……会津だと、分かっていたの……」 「まあね」 長州と幕府は互いに、敵対している。 私は会津に属していたから元々幕府側で、吉田稔麿は長州側だ。 この情報を幕府に報告すれば、敵の重要人物の弱点を突き止めた事で、私はめでたく地位を取り戻せる。 対して吉田稔麿には、害しかない。 「それで、どうするの? 僕は命をかけて証明したんだけど、まだ足りない? 」 こんな利害のりの字もない契約に、彼は命をかけている。 それどころか、私を疑いもしない。 その真意を今は読み取れないけれど、いつか知りたいと思う。 「……分かった。契約する」 多分、だけれど。 彼に恨みでも持たない限り、私は嘘をつかれても、彼の情報は流さないだろうな……。 会津と、長州。 私は、どちらにつくのが正解なのだろうか。
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