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「はあ? 声って身体じゃ──うぅっ! 」
しまった……。
無理やり身体を起こそうとしたせいで、激痛に襲われる。
包帯に、またじわりと朱が広まった。
「ほら……安静にしてないと、傷口広がっちゃうよ? 」
ズキズキと痛む傷口に、手を添えられる。
体温の上がっている肌が、冷えた指先に反応して、怯えたようにびくりと体を鳴らした。
その様子を、笑うでも蔑むでもなく、ただ慈しむように見つめる柔らかい瞳。
「分からない……」
掴めない人、というのだろうか。
彼の笑う影には、確かに情はあるのに、それが見え隠れして、何だかもどかしい。
そんな気持ちから思わず出てしまった言葉に、吉田稔麿は知ってか知らずか、私の呟きに微笑むだけで何も言わなかった。
「んで、君の声は晴れて僕のものになったから、これからは僕のこと名前で呼んでね」
話を逸らすように、私にとって無きものにしたかった内容を出してきた。
おまけに後半には名を呼べと付け加えられている始末。
「ほら、呼んでみてよ」
「……吉田」
「と、し、ま、ろ」
「…………稔磨」
「うんうん、これからはそう呼んでね」
あまり自分からは話しかけないでおこう。
契約の事も重なってか、吉田に何故か対抗心を持ってしまう。
まあこれだけなら、失ったという程でもないが。
「あと、僕以外の人間に記憶の事を聞いたら駄目だからね」
……まるで意味が分からない。
私がこいつの知らぬ場で記憶を思い出したら、何か不都合でもあるのだろうか。
掴めない、こいつの考えていることが。
それに……自分の事も分からない今、手掛かりの吉田稔麿を手放せば、もう二度と記憶を取り戻せないかもしれない。
契約は守る他ないが、私は契約を無しにしても、吉田稔麿から離れることは出来ないのだ。
「何だか大人しいね? お腹でも空いちゃった? 」
分かっているくせに、その口はよく動く。
ああ……可笑しいな。
こんな契約破り捨てたいのに、普段だったら絶対に怒っているのに。
状況に流されているという訳でもない自分が、軽くあしらわれている。
いいや、私はきっと……
吉田稔麿ではなかったら、即座に逆らっていた。
何故、彼の前だと、こうも自分が変わってしまうのだろうか。
自分も、彼も、何もかも分からなくなってしまう恐怖に、そよかは気づかないように目を逸らした。
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