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「食事も終わった事だし、次はお風呂……だけど、傷が治ってない間は僕が拭いてあげる」
「結構です」
「まあまあ遠慮せず……」
「してない」
遠慮なんて微塵も感じていないし、むしろ吉田に必要な要素だと思う。
なんとか諦めてくれたようだけども、やはり一人じゃ厳しいからと宿の女将を呼んできてくれた。
「人肌が恋しくなったらいつでも言うんだよ。いいね? 」
……もしかしなくとも変態なのでは?
蔑むように睨んでやると、また満面の笑みで返され、女将さんを置いて部屋を出ていった。
絶対呼ばない。呼びたくない。
「あの……」
「あ、すいません……お世話になります」
吉田が出て行ったあとの方ばかり見ていたから、なんだか気まずい空気になっていた。
身体を拭くの、手伝ってもらうんだったな。
「いえ……ただ、吉田先生と親しくされていらっしゃったので驚いただけですよ」
女将さんは話しながらも、せっせと身体を拭いてくれる。
「親しいわけじゃありませんよ。別に好きでもありませんし」
「そうなんですか……? 吉田先生のあんな表情、初めて見ましたけど……」
あんな表情って、まさかあの変態のか?
そりゃ、あちらこちらであの顔ばらまいてたら誰も寄り付かなくなるだろう。
「あんな、明るい表情」
「え」
一瞬だけど、失礼な目で見てしまった申し訳ない。
でも確かに彼は……
「あの方が貴方を連れてきた時から、絶対に自分の部屋には入るなと宿の皆に仰ってました」
「確かに誰一人来ませんでしたね」
そんな振りみたいなこと言っておけば、誰か来そうだけど。
「それはもちろんですよ。だってあの方は……」
「女将さん。背中、拭いて貰えませんか? 」
……聞きたくなかったわけじゃない。
ただ、これ以上話すと女将さんが疑われかねない。
この部屋を誰かが見ていたら、の話だが。
それに、吉田稔麿がどういう人間なのかは既に知っている。
暗殺を任されていた身、私的にとっては些細な情報だったけれど、きちんと記憶している。
──冷酷な人間
敵でも身内でも、必要になったら容赦なく斬り捨てる。
それが吉田稔麿だ。
だから女将さんが驚いたように、私も信じられなかった。
吉田稔麿が、私に固執している事に。
否定しようとすればするほど、信憑性が増してくるから、もう考えないようにした。
けれど、目を背けられるのは、いったいいつまでだろうか……。
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