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再会
──カランコロン
夜の帳が下った頃、下駄の音が高らかに響く。
箏の甘く柔らかい音色に、三味線の渋く強い音色。
男を誘惑するお香は鼻から脳へと甘美な刺激を送る。
夜を一層感じさせる遊郭の灯。
今の己の気持ちを簡素に言うならば、
「気持ち悪……」
遊女が待つ檻に伸びる手も、それに縋り付く手も、いくら笠を深く被ろうと視界の端に入ってくる。
肌を掠める夜風だけが心地いいくらいで。
用事があるものだから仕方なく来たものの、早々に遊郭から抜け出したい気持ちになった。
「小童ァ!! 」
突然に、雑音の中から野太い声が聞こえた。
なに、夜の街で騒動が起こるのは日常茶飯事なもので、特段驚いたりはしない。
関わらなければいい事だ。しかし。
大声に釣られた人々が好奇心で見物をしに、通りたい道を塞いでいた。
元々しわを作っていたこめかみに、更に力が入る。
目的の場所はすぐそこだというのに。
わざとらしく盛大に吐いた溜息は、見事に周りの騒音に掻き消される。
迷惑している人に気づいてくれないか。
いや、気づいていても構ってられないということか。
「俺の右足踏んだだろ?詫びに金目のものでも置いてけよ」
「僕は踏んでない!」
迷い込んだ世間知らずな子供と、酒で酔った浪人。
陳腐な騒動だなと横目で見やりながら、人混みの中を無理やり突き進む。
しかし思ったよりも馬鹿な見物客が多く滞っているのか、歩みを進めてもなかなか抜け出せない。
「……やってられない」
とうとう呆れた。
きっとこの様子だと暫くは解放して貰えない。
被害を受けているのだから、当の本人に危害を加えても、優しい仏様は許してくれるだろう。
袖から仕事用の針を抜き、静かに飛ばす。
「痛っ! 」
浪人が痛そうに飛び退いた。
子供がその隙に逃げる。見物客も多少の慈悲はあったのか、慌てたように退いて道を開けてやっていた。
是非こちらにも同じ対応をしてくれないだろうか。
騒動が少し落ち着いた頃、すぐに目的地へと向かった。
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