68人が本棚に入れています
本棚に追加
「やっと君の声が聞けた」
殺れた実感はあったようで、なかった。
惨めにも急所目掛けて投げた苦無は壁に突き刺さっている。
気配を見破るといい、苦無を避けるといい、私の癪に触れるのが得意なようだ。
澄ました顔で平然とやってのけてくれる。
やはりこの男、一筋縄ではいかない。
「来なよ。遊んであげる」
窓から逃げるのかと思えば煽られるように手招きされ、足場の不安定な屋根に誘導される。
相手に合わせられているのが気に入らないが、私は追わなければならない。
例えそれが、罠だとしても。
「さあ、殺ろ? 」
観察したところ、暗器は特に見られなかった。
とすれば同業者ではないだろう。
ならばわざわざ屋根の上での戦闘など、刀一本の男にとっては辛いものではないのか。
どちらかと言えば、こういう仕事に慣れている私の方が有利な気もするが。
にしても、久しぶりに戦闘と言える戦闘ができる。
この状況で微笑み続けるこの男も大概だが、いつぶりかの感覚に高揚している私もそれは同じだろう。
だが仕事に私情を挟んではならぬときつく言い聞かされている。
仕事は確実に、ただそれだけ。
その掟が守れなかった暁には、結末は一つしか残されていない。
──殺される
負ければ死に、逃走を図れば身内に殺される。
単純明快な事実であり、これが私の業だ。
まあ、仕事に失敗した者が生きて帰れるとは到底思えないが。
最初のコメントを投稿しよう!