68人が本棚に入れています
本棚に追加
一つの苦無が空を切ると同時に、二人は動き出した。
互いに距離を詰め、牙を立て合う。
「くっ! 」
鉄の交わる、重く鈍い音が響いたのも一瞬。
力技では押し切られてしまうと、直ぐに距離をとるが、相手もそう甘くはないようだ。
距離をとった際に投げた数本の苦無が、相手の刀で捌かれてしまう。
……強い
改めてそう実感する。
今まで戦うまでもなかった敵とは、何もかもが違う。
けれど、負けるつもりは毛頭ないっ!
「やるじゃんっ! 」
何度も何度も刃をぶつけ合う二人。
戦っている場所が屋根とは思えないほど、体をくねらせ、しなやかに飛び回る。
動作一つ一つに攻防手段が何重にも積まれている。
瞬きすら許されない速さで、満月を背景に踊り狂う二つの影。
「っ! 」
月に照らされていた二人に、影が差したその時だった。
暗闇の中でも、全身に伝わってきた。
今までのは遊びだったのだと。
会って間もないというのに、あの男が漸く本気の殺意をぶつけにきたと分かるくらいには。
恐怖というには少し違う、けれど動けなかった。
見とれていたのかもしれない。
夜闇など、まだ浅いくらい。
もっともっと深く、色をつけるには薄すぎる程の、真っ暗なこの男の瞳に。
固く握り締めた筈の小刀は宙に放り出され、その事すら気づかない彼女はまるで何かに囚われたかのよう。
「──なっ」
「おっと、危ない危ない」
だからだろう。
屋根から滑り落ちそうになっていることも、敵が目前にいることも、その寸前でしか気づけなかった。
そして、抱き寄せられていることにも。
最初のコメントを投稿しよう!