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殺される
そう悟るのに、時間は掛からなかった。
負けたのだ、私は。
やり残したことは……あるにはあるが、人の最後とはそういうものなんだろう。
どちらにせよ、私に綺麗な死に方は出来なかっただろうしな。
相手の刀が目前へ迫り、死を受け入れるように目を閉じた。
──斬られるっ
少しの恐怖が混ざり、目をギュッと瞑った瞬間。
斬られたのは顔、を覆っていた布だった。
「えっ」
だが驚いたのはそこじゃない。
「会いたかった──そよか」
抱きしめられていたのだ。
この男の先程までの余裕はどこへやら。
私を抱き竦める両腕は震え、掠れるような小さな声で……
「何故……私の名前を……」
何かの冗談かと思いたかったが、無関係ではないと確証を持って言えた。
そよか。それは私に残されたたった一つのものであり、名前だ。
「まさか……覚えてないの? 」
そんな不安気な顔で聞かれても、ついさっきまで敵だった人間に易々と教えるわけにはいかない。
名前を知られているが、人違いということもありえる、と思いたい。
「とりあえず、着いてきてよ」
最も、仕事に失敗した私に選択肢は無いのだが。
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