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ハッとして目を開けると、愛おしげに私を見つめる達彦と目が合った。
「早いよ。まだ100数えてないでしょ、絶対」
「だって……だって、手が…………」
手元を見下ろして確認するのは怖かった。だから私は、目の前の達彦の瞳だけを見つめていた。
「うん。手、無くなったみたいだね。俺、今生首みたいになってんのかな?」
ははっと緊張感なく、達彦は笑う。
「タツ、好きだよ。大好きだよ」
「だから……」
「大丈夫だよ。ちゃんと幸せになるから。いつかちゃんと幸せになるから。絶対幸せになるから」
涙が溢れて、声が詰まる。
「だから、今は……今はまだ、タツを一番好きで居させてよ……」
間近に見える達彦の瞳が、微かに微笑んで、それに促されるように目を伏せた。
私の顔に影を落としていたモノが、ゆっくりと薄くなっていく気配を伏せた瞼越しの光で感じる。私の網膜を余すところなく瞼越しの日差しが焼いていく。
私の愛しい人の気配は、私の唇を微かに掠って、春の穏やかな空気に……溶けて消えた。
―目を閉じて、100数えたらさようなら―
end
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