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 お前は病人なんだから、と冗談を言って水城をキッチンから追い出した奏はシンクの前で片付けを始めた。これを終えたら帰るつもりだった。明日は店の定休日だし、そんな日まで水城を縛っておくつもりはない。空いた時間、ほんの片手間に自分に構ってくれればいいのだ。その度にこの可哀相な男には自分が必要なんだ、そう思ってくれるならこれ以上嬉しいことはない。 「奏」  最後の鍋を片付けた、その時だった。後ろから名を呼ばれたと思ったら、その体を抱きしめる腕が自分の前で交差していた。 「奏……」  肩口でそう囁く水城が、後ろからぎゅっと奏の体を抱きしめる。抱けと言っても躊躇するこの男がこんなことをするのは滅多になくて、当然のように動揺したが、普段どおりの声で奏は、どうした、と聞いた。 「腹でも壊したか?」 「……抱きたい」  あの日よりもずっと低い色香を纏った声で、水城が囁く。その言葉を聞くのは二度目――一度目よりもずっと嬉しかった。 「どうしたんだよ、突然」 「させて、奏」  首筋に舌先を這わせて、吐息混じりに耳元で囁かれたりしたら、言うとおりにするしか奏の選択肢はない。それでもすぐに受け入れるのは、そうするためにここに来たみたいで、なんだか悔しい。 「どうしようかな、今日の水城変だし、なんたって病人だしな」  その顔を見上げるようにふり返ると、切ない目と視線がぶつかった。 「そんなにおれのこと抱きたいの? 啼かせたい? 欲しがらせたい?」 「泣かせて強請らせて、最終的には俺でいかせたい」  嫌か? と水城がシャツの裾から手を差し入れる。奏は、しょうがないな、と小さく笑った。 「ベッドで相手してやる」  奏、と耳元で囁く声は、熱を帯びていてそれだけで奏の体は熱くなる。水城の匂いがするベッドに組み敷かれ、体の隅々まで丹念に舐められた奏は、水城、と小さく呼んだ。 「何?」  持ち上げた奏のつま先にキスをしながら水城が顔を上げる。 「なんか…今日、変だよ、お前」 「何が? したいようにしてるだけだ」  いつもと同じだろ、と水城が内くるぶしを軽く噛む。びくっと体が震えるのをなんとか抑えて、奏は更に口を開いた。 「変、絶対変。いつもはおれのして欲しいこと言わなきゃしないくせに」 「……何して欲しい? そろそろこっちの相手して欲しいか?」  水城が、すっかり天を向いている奏の中心に手を伸ばした。奏の吐く息が色づく。 「水城……何かあったなら、話してみろよ」 「何もないよ」  水城が微笑みながら奏の中心を扱く。そこから送られてくる快感を堪えながら、でも、と口を開く。 「いいから、黙ってな」  そう言うと水城は奏の唇を塞ぐようにキスした。奏の全身が固まる。当然だ。これが多分、初めてのキスだ。  何度も体を繋げることはしたけれど、唇同士でキスをしたことはなかった。それだけは、奏の中で特別に思えていたことだったから、自分からしたくてもしなかった。多分、学生のころ、キスしたいなと思っていた相手だったから、強い憧れがあったのだろう。  しっとりとした舌先が優しく丁寧に奏の口内を舐め上げていく。絡まる舌先に、心までも絡め取られていくように、奏は段々と水城のリズムに合わせ、キスを深くしていった。 「水…城……ダメ、もっと」  離れようとする水城の頭を引き寄せて、奏はキスを強請る。それに水城は優しく笑んで再び唇を重ねた。その下の方では、水城の指が奏の入り口を丹念に拓く様にうごめいている。もちろんそれも酷く官能的で眩暈がするほど興奮するのだけれど、それよりも水城との初めてのキスが心地よくて、奏はそればかり欲しがった。 「奏はキスも好きなんだな。いつもよりずっといい顔してる」 「……ドキドキする?」 「お前にしゃぶられなくても使い物になるくらいには」  手を引かれ、水城の股間の膨らみを確認させられると奏は、早いな、と笑った。 「こっち来るか?」 「一緒にいってくれるか?」  両手を広げて誘う奏に、水城が穏やかな顔で問う。奏が笑顔のまま頷いた。それを合図に水城の体が重なる。充分すぎるほどに解された後ろに水城が入り込む。 「大丈夫?」 「ん……いいよ。もっと来いよ」 「ヤバイな、今日は。何かが吹っ飛びそうだ」 「飛んじまえよ」  そう言って笑うと奏の方からゆっくりと腰を動かした。水城の眉目が皺を作る。 「知らないからな、どうなっても」  その言葉を残して、水城は奏の中に深く楔を突き立てた。奏の体中を悦が走っていく。  水城の熱を受け止めながら奏はきつく目を閉じた。  何でもいい、本能だって構わない。自分に欲情してくれるなら何でもいい。体だけでも愛してくれるならそれでいい。  奏は求められているこの至福の時を精一杯噛み締めるように水城の背中に爪を立てた。
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