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おばあちゃんは洗濯のプロだった。
洗剤も十数本、棚にずらっと並んでいて、洗濯機の近くを通るときはいつもいい匂いがしていた。おばあちゃんは毎朝外へ出て空を見上げ、「今日は洗濯日和だね」とか、「今日はお休みだね」とか言っていた。空気の匂いでわかるらしかった。
おばあちゃんはほとんど家にいて、冬と梅雨以外、私が小学校から帰ってくるといつも洗濯物を干していた。玄関と物干し竿のある庭は端と端で離れていたけれど、パンパンッとシワを伸ばす音ですぐにおばあちゃんの居場所が分かった。一歩ずつ近づくたびに濃くなる石鹸の香り。石鹸の香りをかぐと、おばあちゃんの背中を思い出す。
空を見上げて深呼吸すると、太陽の匂いがした。もう誰もいないおばあちゃんの家。庭はいつも日当たりがいい。
使いかけの洗剤たちは、液だれの部分に埃や小さな虫の死骸がくっついて固まっている。一本手に取ると、とても軽い。でも振るとちょっとだけ入っている。ちょっとだけのおばあちゃんの形見。
多分この中の一本でも取り除いたら、おばあちゃんを思い出すあの香りじゃなくなる。だから捨てられない。全部ちょっとずつ香っていてほしい。そこに後ろ姿はなくても。
おばあちゃん、今日は洗濯日和だね。
もう一度空を見上げて、眩しい目を薄める。
空気はカラッと渇いているのに、私の目元はいつも濡れている。今日は洗濯日和だというのに。
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