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四限目の授業中、湊はビブスが行き交うグラウンドに見知った姿を見つけた。それは同じマンションの階違いに住む一つ年下の幼馴染で、恋愛感情を自覚したのがいつ頃だったかはよく覚えていない。
長年募らせた思慕はもう手放せない所まで来ていて、最近は幼馴染という関係性に焦れるばかり。同性でなかったら、この恋もまた少し違っていたのかと。頭上で終業のチャイムが鳴り、ガタガタと引かれ始める椅子にそんな思考が中断させられた。
「湊さん」
机上を片付けていると、開け放した窓から先程の幼馴染が顔を覗かせた。
「さっきの試合でゴールし損ねたの見えたぞ」
「えぇ?気の所為じゃないですか?」
「んなわけ。その頭で他の奴と見間違えるとかないから」
ミルクティー色の髪を指摘すれば、首を竦めた信乃が角の丸い声で笑う。体を動かした後だというのに、春風に扇がれた彼は微かにバニラの匂いがした。揺れる髪から覗く華奢なピアスは湊が誕生日に渡した物で、独占欲と気付きもしない無邪気さに眩しさを感じる。
「あ、お前いつもの友達…」
名前までは覚えていないけれど、昇降口から校舎へと入る生徒の波に見覚えのある顔を見つけた。この後は昼休みで、こんな所で道草を食っている場合かと。そんな意味合いで言ったのだが、一瞬だけ後ろを見た信乃は変わらない軽やかさで笑う。
「あぁ、いいんですよ」
あっけらかんと言い切った声色に、湊はその先をなんとなく察した。これはいつものパターンだ。
「昼飯、俺と食わない?」
「いいですけど、着替えてからなのでちょっと遅くなりますよ?」
「いいよ。待ってるから」
そう返事をすると、信乃は急足で昇降口へと消えていった。昔から人当たりが良いくせに、どうしてだか周囲に溶け込めきれない人間だった。仲間外れにされているわけでも、ノリや話題が合わないというわけでもなさそうなので、湊はそれが不思議で仕方がない。
「それで、今回はどういう流れ?」
制服に着替え、弁当を持って来た信乃へ湊は真っ先に問いかけた。
「何がですか?」
「さっきの続き。いつもの友達はどうしたのかって」
「それならクラスの人と食べてるんじゃないですかね」
「この間までは一緒じゃなかった?」
「そうなんですけど、相手が別グループと行動することが多くなったので」
信乃は食事の手を進めながら、淀みなく経緯を話した。憂う感情など微塵も見せない。男子は女子ほどグループで行動しないとは言っても、よく一緒にいるメンバーぐらいはある程度決まっている気がするのだが、それは湊の勝手な思い込みなのだろうか。
「用件があれば話すので大丈夫です」
「お前この前も似たようなこと言ってなかった?ほら、中学が同じで、高校は別だけど途中まで一緒に通学してた奴」
「その人はいつも通り駅で話しかけたら無視されたので、そのまま流れで消滅しました。俺が何か気に触ることをしたのなら謝るんですけど、縁が切れた所で困らないですし」
信乃はこれまた何ともないように言ってのける。湊の記憶ではその友人と信乃は仲が良く、度々二人で遊びに行く関係だった。信乃の口からこの手の話を聞く度に気にかかるのは、違和感を覚える程に縋らない信乃の性格だった。
アルバイトで接客業をしていて、湊よりずっと愛想もよくて、初対面の相手でも、年が違った相手でも上手く会話を回せる。それなのに、信乃は周りからよく淡泊だと言われているのも密かに知っていた。
「湊さん?」
急に静かになったのを不思議に思ったのか、信乃が湊の顔を覗き込んだ。その髪色を体現するかのように、ほんのり甘い柔和な雰囲気が人当たりの良さを思わせる。
「ぼーっとして、どうしたんですか?」
「いや…。お前の玉子焼き、美味そうだなって」
「えー?しょうがないなぁ、一個あげますよ」
態とらしく嫌がる素振りをし、信乃は箸で摘まんだ玉子焼きを湊の弁当箱へと移動させる。湊からしてみればこの男はよく笑う人懐っこい後輩だ。ちょっと変わった性格だと言われれば、そうなのかもしれないが。
「明日ってバイトあったっけ?」
弁当を食べた後は他愛無い雑談をして、そろそろ教室に戻ろうかと立った信乃に問う。
「ないですよ」
「なら昼から俺ん家でゲームしない?」
「いいですね。やりましょうやりましょう」
二つ返事で頷き、信乃は三年生の教室を出て行った。勉強は平均、運動神経は平凡。容姿だってどれだけよく見積もってもそこら辺にいる程度の信乃だが、憎たらしい程に湊の心を捕らえては放してくれない。この春の長閑さのような、そんな心地いい雰囲気を纏う幼馴染を湊は何年も想い続けてきた。
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