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「なんだぁ、因縁つけようってのか!」
と、噛み付くような勢いで怒鳴りつけると「ほら、違うじゃないか!」と慌てて全力で逃げていく。
しかし佐伯自身も、さっきの会社員たちが自分を気にしていた理由は分かっていた。
最近、刑事ドラマの凶悪犯など個性的な悪役としてテレビや映画で注目され始めた強面系の二枚目俳優、鈴森と間違えられたのだ。
似ていることを話題のきっかけに寄ってくる女も多いので悪い気はしないのだが、覚えられやすい外見が好ましくない現状であるため、単純に喜ぶことが出来ない。
「ったく、鈴森って野郎が早く俳優を引退してくれりゃいいんだが」
自分の素行を棚に上げてぶつくさ呟きながら不透明な紫のガラスの扉を開けると、カラカランと来客を知らせる軽い鐘の音が響いた。
佐伯が訪れたのは、テーブル席とカウンター席で構成されている個人経営のありふれた小さなバーであった。
「いらっしゃいませ」
多忙というわけでもなさそうな若いボーイが、すぐに近付き声をかけた。
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