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途端に一抹の不安を覚えた表情になったカギヤを見て、アザミがニタリと笑った。
夕焼けが、大学から帰宅途中の美智をオレンジ色に照らす。
経済学を専攻する彼は、独り暮らしのアパートからA市で唯一の駅まで15分ほど歩き、そこから電車で20分揺られて市外の大学へ通っている。
今夜はバイトの予定を入れていないため、A市駅に到着するとトクシンヤへ続く居塚街道沿いの歩道は使わず、車の走行音の代わりに鳥の声が聞こえる舗装されていない農道を歩いて自宅に向かっていた。
周辺には昔ながらの四角いブロック塀に囲まれた大きな農家やビニールハウスが見られるほか、野菜畑がのどかに広がっている。
小柄な美智の背中に対してやや大きめのボディバッグの中には、大学で必要だったもの以外に先ほどA市駅前の書店に立ち寄って購入した雑貨専門雑誌と青年コミックの新刊が入っており、菓子や飲み物の入ったコンビニの白いビニール袋も手に下げていた。
「今夜は自由時間だし、思いっきりのんびりするぞ!でも一之瀬店長と会えないのは寂しいなぁ……う~ん、やっぱりバイトもう一日増やそうかなぁ……」
バイト料を増やしたいわけではなく、もっと一之瀬と過ごしたいという恋心だけでスケジュールを見直そうと思い始めた時、
「こんにちは」
と、突然背後から静かに声をかけられた。
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