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翌週の木曜。俺は大村との話し合いに臨んだ。病院のロビーにある窓側の座椅子にテーブルを挟んで向き合った。
大村は笑顔だった。
おそらく、上司から穏便に対処する事を命じれていたのだろう。笑顔を見せて、俺の怒気を避けようとする意志がありありと窺えた。
腹の内では、(本社なんぞに連絡して、忌々しい奴め!)と俺を罵っているだろう。
俺は席に着くと、まずは何故、大村がろくに現場に現れないのかを問い詰めた。
「な、何でおお大村さ、さんは現場に来ないのでで、です?」
「いや、昼間に来ているから…」
「そ、それじゃ、い意味が、がないでししょう?」
「…ごめんなさい」
この点を指摘されると、大村は謝るしかないのは分かっている。まさか『面倒だから…』とは言えないだろう。
次に、8月の俺の出勤予定日が無い理由を尋ねた。
「それはね…」
大村が言うには、昼間に厨房と洗浄室に入っている日昭(おそらくは松川)から、「あの派遣の人(俺)、来させないでくれる?」と言われたらしい。理由は態度が悪い。決まりを守らない。反抗的だから、というものだった。
大村としては、鈴木君(俺)が働けるように、態度を改め、規律を守るように指導したが、治らない。
なので、来月からの俺の出勤予定日は無い、無くすしかないのだ、という。
これだけ聞いたら、納得したくなる内容だ。俺が松川なら当然の主張であり、それに対応する大村も派遣会社の担当営業として当然である。
だが、俺は自身の感じた疑問を口にした。
何故、日昭は今頃そんな事を言い出したのか。
俺がこの病院の洗浄室で働き出して、一年以上が経つ。俺の態度が悪く、決まりを守らないのであるなら、もっと早く大村に指摘するだろう。
さらには、俺が「リーダーを辞めたい」と言い出してから、急に日昭の人間(松川)がこちらにクレームを付けてくるようになった。
「そ、それってて、偶然ん、ななんすかね?」
「…そうなの?」
大村は少し驚いた様子だった。
白々しさを感じた。
大村は、松川の後ろに村木の"腰抜け"がいることを分かっているはずだ。
「…な、なんで、あの村木さ、さんにさ逆らったら、ら、ダメなな、理由ががあるんですかか?」
「……」
大村は苦笑いをし続けた。
大村は、松川(日昭)から連絡があった時に不信に思わない筈は無い。(何故、今頃?)と。今まで、そんな事が無かったのだから。というより、作業上、ユニックスと日昭の社員が重なる部分は、少ない。俺の態度が悪くても、それを日昭がそこまで注視してくるのはおかしい。
つまり、大村は『百も承知』なのだ。
松川の後ろには、小うるさい村木がいて、あのオイボレが松川を使って俺を排除しようとしているのに気付いていない事はあるまい。
村木は逆らった俺を許さない。自分を裏切った俺を許さない。
この現場(病院)の現場が自分の思い通りに行くことのみを願っている。その為にはどんな事もする。派遣会社の担当者も、一緒に働く人間も、自分が『辞める』などと嘘を付いてでも邪魔者は排除する。
何故なら、この現場で一番偉いのは、力を持っているのは自分(村木)で無くてはいけないからだ。
だから、許さない。
村木がそんな"下らない意地"の為に、自分や日昭を巻き込んでいる事を大村は気付いているだろう。
気付いていながら、これを『ユニックスの為』『現場の安定の為』『収益を得る為』と置き換えて、俺を"切ろう"としているのだ。
この女も村木同様、"下らない人間"なのだ。
俺が今まで見てきた奴らと似ている。組織、安寧、利益…。その為に人は平気で他人を追い込み、切り捨てる…。
さらに俺は突っ込んだ。
「ああの、お俺がリーダー、辞めたらら、ここ困るんすか?」
困るのは大村では無い。村木なのだ。自分の子分(と思っていた)の俺がリーダーでいる事で、嫌な事を全て俺に丸投げ出来る。現場の責任も俺に背負わせる事が可能だ。
そして自分(村木)は、自分の好きに出勤できて、それを確約される。
大村は苦笑いをした。
大村は分かっている。全て村木の策略であり、ワガママなのだ。
だが、村木には逆らえない。 この苦笑いには、その意識ご濃厚に現れている。
(…そんな事を言ってもねぇ)とでも言いたいのだろう。
俺にそれは言えない。言えば『そんなオイボレのワガママを何故、尊重する?』と突っ込まれ、俺ごユニックス本社にまた"通報"すると、思うからだ。
大村は苦笑いを続けた。俺がリーダーでないといけない理由は特に言わない。
大村は俺の怒りに対して、それをなだめ、自身は俺の味方のように振る舞いたいのだろう。
俺はさらに攻勢に出た。
「そ、そう言えば、は、む、村木さん、『ワシ、辞める』って、い言ってましたよよ。メールしましたよね。シフトに入れてて、良いい、のですか? 社会保険事務所にいたた頃、そういいうのは、労働基準法、い違反と、き聞きましたがが?」
大村の顔色が変わった。
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