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「それはね…」
苦笑いを消した大村が意外な事を告げた。
「村木さん、辞めるつもりだったんだけど、その気が無くなったんだって。何だか、誘われていた会社から断られたらしくてね」
俺はまた呆れた。
明らかな嘘である。それが分からないのか。
いや、大村は分かっているのだろう。
『辞めたい』と言っていた者が、僅か数日でその意を翻すのはおかしいだろう。
村木の『辞める』という発言は、俺を大村に連絡させ、8月のシフト表を催促させる手段であり、露骨な虚言に他ならない。
怒鳴り付けたい衝動に駆られたが、よく考えてみたら、俺もその嘘に騙された。
『辞める』と告げた村木に"白旗"を感じたのだ。
大村を怒鳴るのは少しおかしく思えた。
そこで、俺は最大の疑問を口にした。
「む、村木さんってて、ユニックスと”契約”しているる、んでですよね?」
「あっ、あれ、は…」
例の『週6日働かせる』というユニックスと村木の"契約"だ。そんなものがあるはずがない。
「あっ。ああれはは、た単なる、”口約束”ですかか?」
俺はわざと”助け舟”を出してやった。そうに決まっている。もし違うのなら、誰しもがそんな契約したい。
「…」
「な、なんで、そそんな約束をするん、んですか? みんな、そんなな約束して欲しいとと、お思うんすけどど…」
「…」
大村は弱々しく笑った。(察して欲しい)と言う事か。
「どう、ししてて、む村木さんだけけ、そんなに依怙贔屓き、されるる、んすか?」
これが最大の謎であり、この現場の”ネック”だ。
大村はやはり、苦笑いを浮かべて黙っている。
俺はそれが大村の”答え”に思えた。
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