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ファーストフラッシュのお値段
「はあ…結局魔導学園からは在原さんは来ないのですわね?」
その美しい少女は顔を合わせるなり大きな溜め息を吐いた。彼女はウチの学園では見たことも無いような豪華なソファに腰を掛け応接テーブル越しに俺を胡乱そうに見つめていた。周囲の空気すら輝かせるような美貌が醸し出す不機嫌な圧力に思わずたじろぎ俺は開けたばかりの扉のところで硬直してしまう。
出会ったばかりの美少女に思いっ切り溜め息を吐かれると言うのはこの帝都で一体何人が経験した事が有るだろう?
美少女自体が希少でその子と知り合いになれる確率は更に希少だ。そして会うなり溜め息を吐かれるには目の前に現れた人物が面前で非礼を行う事をものともしないくらい期待外れである必要がある…実に失礼だな。
でもこれは結構可能性あるのか?美少女だけに要求水準は高そうだし相手の反応を気にしないで自由に振る舞うのは如何にも美少女らしいし。しかも相手は高級貴族のお姫様だ(後述)。
と言うわけで俺はレアだけどそれなりに可能性のある貴重な経験をしてしまった。
どっちだ!って結論だけど少なくとも全然嬉しく無い事は分かった。
そのお姫様はそっぽを向き不快そうに髪を掻き分ける仕草も上品かつ流麗だった。明るいヘーゼルの縦ロールが揺れる様に目が釘付けになってしまい俺は返答が遅れてしまう。
「各校の人選はそこの前期金曜会員に任されている。名簿と実物が一致している以上魔導学園が指名したのはこの護尋慶三郎君で間違いない。彼女が来たらそちらの方が問題だ」
代わりに答えた声の方を見ると壁際で士官学校の真紅の制服を着た黒髪の男が立ったまま紅茶を飲んでいた。会った事は無いけどこの人物の名前を俺は知っている…俺も会章に仕込まれた名簿を見たから。
名簿には金曜会所属として帝都の帝国立予科(高校相当)教育機関四校の情報が記載されていた。
貴族と帝室の子弟の教育機関である修学館。
軍人の養成機関である帝国士官学校予科。
魔術師や錬金術師の養成校である魔導学園。
官僚や高級商人を輩出する帝国大学付属高等学校。
会章の刻印に魔力を通すと校名と代表会員の氏名写真が列挙された幻視映像が所有者の視界に現れるようになっていた。その仕掛けは他に会則も呼び出せるみたいだけど俺は一瞥もしていない。
それに依ると彼の名は須郷氏家。今期の金曜会の帝士予科のメンバーで金曜会に関する情報が本当なら学校での成績も一番である筈だ。
俺は目の前の修学館で最も優秀かつ世に響く華麗な美貌を誇る三条聖侯爵令嬢に締まらない返答をする。
「えーと、在原さんは家庭の事情で選任を辞退されました…と言う話です」
「家庭の事情?そんな事で辞退出来るのかしら?金曜会は元々陛下の秘密勅令で結成されたとも聞いておりますのにそんな不敬な…」
魔導学園中等科最終期末(高校一年相当)考課トップの事情を若干の予防線を付け加えながら話す俺に美少女は眉を顰めながら独り言のように尋ねた。淡紫に金の刺繍を施した制服の腕を抱くようにして不審感を示す。
「会則には特に辞退に関する規定は無かったな。まあ、伝統ある会だし会則に書いてある事が全てだとは思わないが辞退の自由は有るだろう…危険な任務だしな」
赤の制服が答える。と言うか危険な任務って?何か騙された感じが急にして来た。俺が聞かされた帝都の帝立学校トップの親睦会に紛れ混むって話とは違うのか?あのオカマ…
「き、危険な任務って?…いや、俺聞いていないけど」
「金曜会の活躍は聞いているだろう?」
「あの怪盗を追っかけたり帝都の怪異を解決したり…」
半笑いになって答える俺に奴は真面目に返す。
「それもある。だが、金曜会はそれ以上の役割を担っていると俺は思っている。士官学校を除く帝立四校の初学年(高校2年相当)首席の中退率を俺は調べて見た。それは一割三分だ…我が校本科(軍事大学)の各年の傷病退校率と同じ。君が意識しなかったのは無理も無いが金曜会に入る事は帝国士官学校の教練並みの危険を伴うという事だ」
と言うか帝国の士官学校脳筋すぎだろ!士官学校の教練って毎年一割以上が脱落するくらいハードなのか…知らなかった。
「…まあ、落第者も名誉の負傷という事で退校させるから単純な比較は出来んが」
コッチの方が危険って事じゃないか!逃げ出したくなって来た。
「でもあなた護尋家という事はお父上や驥一郎様から何かお聞きになりませんでしたの?妖魔がらみの事件ではもしやと思う事が多々有りましたわ。まさか本当にここを親睦会だと思ってらしたのかしら?」
ちょっと聞き捨てならない単語も出た気がしたけど成績優秀な父や長兄の名前を出されてぐうの音も出なくなる。俺はそれでもか細い声で反論と言うか言い訳を試みる。
「いや、此処に入った事は誰にも言うなと…だって信じられないでしょ?学生の話ですよ?首席の集まりって事で話に尾鰭が付いたのかなって思ったし」
「どこの誰が会員か誰でも分かる秘密会だ。身内にいるのに何をしていたか全く把握して居なかったと言うのか君は?」
「もう我慢出来ませんわ!今期は異常過ぎます…一人は劣等生、一人は定刻を守る事も出来ない!あなた、辞退なさい!」
三条は俺に対して正確な診断を下して断罪した。激昂した美少女も綺麗なものだなと思ったけど、そんな感想より首の後ろの皮膚が生命の危機を感じてチリチリとした信号を送ってくる方が重大だ。
「はい!」
訳の分からないうちに美少女と厳格な軍人(候補生)に責め立てられて俺はあっさり白旗を上げた。あのオカマはかなり美味しい条件を出して来たけどしょうがない。寮に戻って黄表紙でも読もう。
だがそう納得し掛けた時赤服が口を挟んだ。
「無理だな。会則に入会後の脱退は傷病で会務が継続不能になるか後継を指名するまで不可能とある」
「そっちだけやけに詳しいな!」
「当たり前だ。ほぼ公然とは言え秘密組織の会員が誰かを知っているのだ。簡単に脱退出来る訳無いだろう」
「大体金曜会って名前自体親睦会って感じだろ!危険な事やらせるなら忠虎隊とか光輝団とかそれらしい名前にしろよ!うっかり入っちゃっただろ!」
八つ当たり気味に騒ぎ出す俺に美少女が氷のような視線を向けてくる。威圧されて沈黙すると軍人が言わずもがなの解説を加えて来た。
「会規ではあくまで親睦会だからだ。生徒会連合の月曜会と対になる呼称でもあるな」
そもそもそこがおかしい。金曜午後三時に定例会がある妖魔に対抗する学生組織…設定に穴があり過ぎてどうしようもない。俺が妖魔や魔人だったらまず年度明けの最初の金曜三時にここに襲撃を掛けてその期の会員を総入れ替えにする。
「納得出来ない!誠意ある解決を要求する!」
「…分かりました。身の程を知りなさいとも言いませんわ。あなた帝国健児としての意地を示しなさい。危険な敵に遭遇したら真っ先に突撃して陛下への忠義を知らしめるのですよ。後の事は私達が何とかしますから」
あからさまに傷病脱退を示唆された!いや二階級特進か?既に零度を下回って氷点下に冷え込んだ美しい紫の瞳に再びたじろぐ。
くそ!コイツらと一年間一緒なんて耐えられない!絶対に傷病以外の方法でさっさと脱退してやる!まずあのオカマに文句だ。何があたしは公正を大切にするだ!重要事項説明きっちりサボりやがって…
俺はそもそものキッカケである昨日の呼び出しを思い出した。
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