第三話 運命の「あの日」。雪菜を守れ!

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 変なところで時間を取られてしまった。たしか、かつて「遅くなる」とメールがあったカラオケの前に、映画を見てからカフェでおしゃべりをしてたみたいなことを言っていたな。地元の映画館と言えば、ひとつしかない。  その間にサングラスを買って顔バレしないようにしておき、とある恋愛映画の終了時刻に合わせて、出てくる人たちをいちいち確認していた。すると、その人の群れの中に東雲が女の子三人組で連れ立って出てくるのを見つけた。東雲は俺の姿を見据えると、しばらくじいっと目を細めて見ていた。俺は慌てて帽子を深く被ってスマホをいじりだす(もちろん、視線は雪菜の姿を捜している)。やがて友達に肩を叩かれた東雲は、どこかに歩いていった。映画も見ずにここに突っ立てるなんて、どう説明つければいいんだよ。  やがて、雪菜の姿を見つけることができた。雪菜は、他に三人の女の子たちを連れた四人組で歩いていた。俺は急いで適当なソファに座り、スマホをいじる振りをしながら雪菜の後を目線で追う。雪菜がエスカレーターで降りていった後、急いでその後ろについていった。「かつての今日」と何も変わらず、雪菜たちはチェーン店のカフェに入っていった。ちくしょう、前と何も変わってねえじゃねえか。今のところ違うところと言えば、俺が雪菜の妨害をしようとしたことと、すみれちゃんに亀甲縛りされたことだけだ。  ずっと集中していると、さすがに体が疲れてくる。自分で肩を揉み、サングラスを取って、目元やまぶたのあたりを揉んでいた。すると、俺の目の前にぬっと誰かが現れた。俺は慌ててサングラスをかけ直したが、すでに遅かった。 「ねえ、やっぱり桜井くんだよね」  東雲だった。くそ、バレたか!  他の友達二人はいなかった。もう別れたのか?  俺は人差し指を立てて「黙れ」と合図をする。雪菜たちはちらりとこちらを見たが、特に気にした様子もなく、おしゃべりに戻った。東雲は怪訝そうな顔をしたが、とりあえずはわかってくれたみたいだった。 「ここ、座ってもいいかな」  言うと、東雲は俺の許可も取らずに向かいの席に座った。 「映画館にも一人で突っ立ってたよね。あれ、何だったの? すっごく目立ってたよ」 「え、目立ってた?」  東雲は口元に手を当て、くすくすと笑った。 「帽子とマスクとサングラスの人が一人きりで立ってたら、どう考えても目立つでしょ。しかもホールのど真ん中だったし」 「マジかよ……」  俺はうなだれた。東雲は心配そうな顔をして尋ねる。 「まさか、変なことしてるわけじゃないよね」  その質問は困ってしまう。映画を観に来たっていうのも、何か変だし。仕方なく、俺は理由にちょっとした味付けをして話すことにした。 「実は、雪菜の後を追っているんだ。雪菜って、前に話したことあったよな。俺の妹のことだよ」 「どういうこと?」  警察の取り調べ官が言葉の真意を探るような目つきで、東雲は尋ねた。俺は喉の奥で低い音を鳴らした。 「最近、妹がストーカーをされてるらしいんだ」 「桜井くんに?」 「ちげえよ」と東雲のボケ(ボケだと思いたい)に適切なツッコミを入れ、俺は続ける。「だから、今日もそのストーカーが追ってきていないかチェックしようと思って。それで、もし見つけたら……まあ、自信があるわけじゃないけど……俺が何とかしてやろうと思って」  それは紛れもない本意だった。もし、時間をずらすことができずに、雪菜が通り魔に襲われてしまった場合、もう一度あのときみたいに、力づくで俺が止めるつもりだ。たとえ、それで死ぬことになろうとも、雪菜が殺されるよりかはマシだ。  俺が神妙そうに顔を俯けていると、東雲はぱあっと顔を輝かせた。 「妹思いなんだね。私、感心しちゃった。ねえ、私にもそれ、協力させてよ」 「いや、大丈夫だよ。最初から一人でやるつもりだし」  そう言うと、東雲は膨れっ面をする。 「もう、そういうところがいけないんだよ。桜井くんは、全部一人でやろうとするから。ちょっとは人にも頼ろうよ」  俺はため息を吐いた。いくらクラスの女の子とフラグが立とうとも、今日ばかりは譲れないのだ。 「じゃあ、雪菜たちはこの店を出た後にカラオケ店に行くことになるだろうけど、そこから引き離してくれるか?、って言っても、協力できるのか?」  雪菜をカラオケ店から離すこととストーカーとの間にどのような因果関係があるのか。冷静に考えれば意味不明だ。 「え?」 「俺が相手にしているストーカーには、ちょっと特殊な事情があるんだよ」 「桜井くんが、知ってる人なの?」 「まあな。その特殊な事情ってのは、あんまり追求してくれないでいると助かるんだが」  ついでに、早くどこかに行ってくれると助かるんだが、と俺は思った。  東雲はしばらく考えた後、「わかった」と言って俺の顔を見た。 「とにかく、桜井くんの妹さんが、カラオケ店に行かないようにすればいいんだよね」  俺は目を丸くしてしまった。 「おいおい、今の話で何がわかったんだよ」 「雪菜ちゃんが、ストーカーに追われてるって話でしょ」 「いや、まあ、確かにそうだけど」  果たして、そのことと「雪菜をカラオケ店から引き離す」こととの間に、東雲は一体何を見出したのだろうか。  東雲は、冗談らしく笑って言った。 「いつも宿題を見せてもらってお世話になってるからね、その借りは返さなくちゃ」  雪菜たちがカフェでおしゃべりをしている間、東雲は積極的に俺に話しかけてきた。将来のこととか、休みの日は何をしているかとか、あとは家族のことをそんな感じのことを訊かれたりした。東雲もある程度は話してくれたが、正直なところ、雪菜の動向ばかり追っていたから話の内容はあまり覚えていない。 「動いたぞ」  雪菜が会計を済ませると、俺は東雲の話を遮って言う。東雲が一瞬眉をひそめたので、俺はため息をこらえて申し訳なさそうな顔をして言う。 「悪いな。今は、雪菜の方が心配なんだよ」 「あ、ううん、こちらこそ。それじゃあ、私、頑張るね」 「基本的には俺一人の問題だから……ああ、まあ、助かるよ」  実際、東雲はその役に立ってくれた。惚けた感じで雪菜に近づいていき(後で聞いたところ「道を訊きたいんですけど」と言って近付いたらしい)、適当な会話を織り交ぜながら、気付くとグループに混じって一緒に歩いていた。  これで雪菜の予定も少しは狂わせることができたかな、と思っていると、東雲が道を訊いていた楽器店に辿り着き、一行はその中に入っていってしまった。しばらくして、五人が店から出てきて、別れる。その後、東雲から電話がかかってきた。 「ああ、東雲、いろいろとありがとうな。おかげで助かっ」 「ごめん、桜井くん!」 「どうした?」 「いま楽器店でピアノとか見てたんだけどさ、雪菜ちゃんの友達の一人がピアノすごくうまくて、それを聴いている内に『なんかカラオケ行きたくなっちゃったね』ってノリになって、それで……」 「雪菜たちは……」 「盛り上がって、そのままカラオケ店に行っちゃったみたい……」
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