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運命のいたずらぁぁぁぁぁ!!!
結局はこういう風になるのかよ、ちくしょう。
「くそ、マジか。わかった。東雲、ありがとうな」
「ごめんね、桜井くん」
「いや、迷惑をかけてすまなかった。本当にありがとう。お礼はまたいつかするよ」
そう言って電話を切った。
仕方がない。こうなったら戦うしかない。しかし、あのときと違う点は、雪菜が襲われ、俺が戦うという未来がわかっている点だ。かつては急なことだったから素手で戦ったために殺されてしまったが、目には目を、武器には武器を、だ。俺はその足でスポーツ用品店に向かい、野球の木製バットを購入した。これで頭を一発殴って、怯んでいるところで武器を取り上げればいい。一応取り上げた武器に指紋がつかないように百円ショップでゴム手袋も買っておいた。こうしてみると、まるで俺が犯罪の準備をしているみたいに見えるが、それは全然違うからな。単に、正当防衛を証明するためなのだ。本当に、犯罪に慣れているわけじゃないからな。そう思いながら、俺はバスに乗って家に戻った。
やがて、雪菜からメールが入った。
『カラオケが盛り上がっちゃって。帰るときメールするから、すみれお姉ちゃんに言っておいてね。どうせ暇でしょ』
あのときとまったく同じ文面だ。俺はスマホをぐっと握り締めた。絶対に、俺が雪菜を助けてみせる。そして今回は、俺も生き残ってみせる。時計を眺めながら静かな時間を過ごしていた。以前、俺が雪菜を心配して家を出た時刻は七時四十分頃だ。まだ遅すぎる時間ではないとはいえ、そこは人通りの少ない通りなのだ。俺は木製バットを握りしめ、家を出る。そして……。
「きゃあああああ!」
雪菜の悲鳴が聞こえた。後ろから黙って走ってくる男は、ポケットからナイフを取り出した。あのときとまったく同じ状況。違うのは、俺の手に木製バットがあるというくらいだ。
「優馬!?」
俺の姿を見て目を見開き、雪菜は思わず足を止めてしまう。
「雪菜、逃げろぉ!」
俺は木製バットを振りかぶり、大声を上げて男に向かって駆け出す。
「……あ」
やっちまった。
緊張しすぎたのか、足をもつれさせて転んでしまった。男は俺に向かってナイフを振り上げる。すべてがスローモーションに見えた。
ああ、結局、こうなっちまうのか。死んだら、また異世界に行けるのかな? 行けるわけないか。俺を異世界に連れていった神様は、今は地球で人間として生きていることだし。
こんな無様な感じで、俺は死んじまうのかよ。
親父の書いたラノベ、結構面白かったぜ。
すみれちゃん、唐揚げおいしかったよ。
雪菜、情けねえ兄貴で、ごめんな。
それじゃあ、みんな、後は楽しくやってくれよ。
「ぐぅぁ!」
そのとき、男がうめき声を上げ、コンクリートの地面に金属音が聞こえる。ハッとして振り向くと、今度は地面から蔓が伸びてきて男の足首をつかみ、転ばせた。
地面から、蔓?
いや、不思議なことじゃない。不思議なことではないが、こんなことができるのは……。
今はそんなことを考えている場合ではない。俺はすぐに立ち上がり、男のナイフを奪った。そして、立ち上がろうとした男の脳天に、木製バットで強力な一撃をお見舞いした。男は地面に、大の字になって倒れ、気絶した。
俺は肩で呼吸をしながら、雪菜に視線を送る。
「雪菜、誰か人を呼んできてくれるか?」
「う……うん!」
それから、二、三人の男性によって男は押さえつけられた。警察が駆けつけ、俺と雪菜は事情聴取を受けた。何はともあれ、二人で生きることができて良かった。これから先の未来は、俺が知るはずのなかった俺の未来だ。俺がエデル・アーリストではなく、桜井優馬として生きるはずだった未来だ。
「あのさ……」と雪菜が俺に近寄ってきて言った。
「悪い。話は後にしてくれないか? 先に、会いに行かなくちゃいけない人がいるんだ」
「うん。わかった」
俺は、俺の新しい未来を与えてくれた人物に会いに行った。
ティナは、家の玄関でうつ伏せになって倒れていた。俺は微笑を浮かべると、彼女を寝室のベッドまで運び、掛け布団をかけて寝かせた。一人にしておいた方が落ち着くだろうと思って部屋を出ていこうとすると、手首をぐっとつかまれる。
「行かないで。朝より酷くて、ちょっと辛いの」
「寝室の外で待ってるよ。俺が隣にいたって、鬱陶しいだけだろ」
ティナは小さく首を振った。
「いる方がいい。その方が、治りが早くなるような気がするの」
俺は「わかったよ」とティナに笑いかけた。
「なあ、ティナ」
ティナは虚ろな瞳をわずかに開いた。
「ありがとう」
言うと、ティナは口角をちょこんと上げて、目を閉じた。
その晩、俺は座布団を敷き、ティナのベッド横を背もたれ代わりに、退屈な一晩を過ごした。何もすることはなかったし、真っ暗で物音はティナの寝息だけが聞こえるくらいだった。ティナの寝息は、そよ風のように穏やかだった。
「優馬くん、こんなときにどこに行ってたの?」
家に戻ると、すみれちゃんは眉根を寄せて言ってくる。
「ティナのところ。ちょっときつそうだったから、看病していたんだ」
「だったら、連絡のひとつくらい入れなさいよ」
「それは、ごめん」
「雪菜ちゃんから話は聞いたわ。こんなときにいなくなるんだもの、そりゃあ、心配になるわよ」
その日の学校は体調不良ということで休むことになった。あの事件は、そこまでトラウマにはならなかった。だって、俺は一回殺された経験があるんだもの。おまけに凶悪な魔物や、魔王様まで倒したんだぜ。こんなことでビビる俺じゃねえよ。いつもの調子で日常を送っている俺に驚きつつも、雪菜の心も次第に落ち着いていった。よっぽど危険な体験をしたのは俺の方だし、そんな俺の方が冷静で、さらには雪菜の負けず嫌いな性格も働いたのかもしれない。
さらにその夜、雪菜は俺の部屋に入ってきて、ぼうっとしている俺をじいっと見つめてきた。俺は雪菜の姿を見て、ちょっと卑怯なことを思いつく。
「なあ、雪菜。そう言えば、ひとつ、お願いがあるんだけど」
雪菜は顔を上げた。
「前から雪菜に頼もうと思ってたんだけど、実は俺は妹萌えなんだ。一回、『お兄ちゃん、だぁいすき☆』って可愛い声で言ってくれないか? すっごい可愛い萌え声で。それで、貸した漫画のこともチャラにしてやるよ」
言うと、雪菜はふっと鼻で笑う。
「はぁ? 漫画、貸したのは私の方だし。でも、今回だけは特別だよ。あの漫画はあげる。私は新しいやつ買うから。感謝しなさいよ、お兄ちゃん」
いつものきつい調子で述べたてて、雪菜はドアを閉めてしまう。
俺は肩をすくめた。
残念。雪菜の可愛い姿は、今日も見られなかったか。
と思っていた矢先、再び部屋のドアが開いた。雪菜はぶっきらぼうな顔をして、そこに立っていた。しかし、突然今まで見せたことのないような笑顔を作り、いつもなら絶対にしないような甘ったるい声で、俺に向かって言った。
「お兄ちゃん、だぁいすき☆」
すぐに元のぶっきらぼうに戻ると、凄まじい勢いでドアが閉められた。その勢いで、震度1くらいは起こったんじゃないかと思う。
「ごちそうさまでした、とでも言えばいいのかな」
嬉しくて、浮ついた気持ちになった。
俺は心を落ち着かせるために、しばらく窓の外の青空でも、ぼうっと眺めていることにした。
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