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クラスの男子生徒たちが沸いた。ティナは、外見だけは美少女なのだ。俺もエデルとして旅をしていた当初は「こんな美少女と一緒に旅できるなんて最高! マジ異世界万歳!」とか思っていたものだった。
そんな美少女を前にして、あの男が立ち上がる。
「君はまさに教室に咲いたひまわりだ!」
月垣はさっとティナのもとに近づくと、また自惚れた一人芝居を始める。
「今日はなんだか特別な予感がしていたんだ。虫の知らせというのかな。あるいはひまわりの知らせというのか。輝く太陽を見上げた僕は、手の平の庇の下で目を細め……」
一人口上を垂れている月垣には目も暮れず、ティナはきょろきょろと教室を見回し、俺に目を留めた。
「あ、優馬ぁ!」
そして、ティナは月垣の手を振り払い、満面の笑みを貼り付けて飛びかかってきた。凍りついている俺をよそに、教室のざわめきはどよめきに変わる。
どういうことだ?
転入生の金髪美少女が、教室に入ったかと思うと、いきなり根暗で隠キャな桜井くんに抱きついてきたぞ。KRNTLB?
きっと、みんながそう思ったことだろう。
「お前、どうして……なんて、訊くまでもねえか」
「そんなの、『神の力』を使って転入させたに決まってんじゃん」
「それより、お前も少しは人目を気にしろよ」
こほん、と咳払いをして、砂星先生は注意深く言った。
「早速うちのクラスメイトと仲良くなれたことは悪いことではないと思うが、ちょっといいかな、ティナ・アーリストさん」
「あ、こういうのは後からにした方がいいですよね」
後からもやるつもりだったのかよ、と俺は眉をひそめる。
誰かに好かれることは悪いことではない。むしろ嬉しいし、それがティナくらいの美少女ともなれば尚更だ。しかしご覧の通り、あまりにも「好き」の表現が過ぎると、ちょっと鬱陶しくなってしまうのだ。あるいは、それは「水清ければ魚棲まず」という言葉と通ずるところがあるかもしれない。
「桜井のことを知っているみたいだけど、日本にいた頃の話か?」
「はい。優馬にプロポーズされたんです。『大きくなったら、結婚しよう』って」
教室の男子生徒たちの視線が痛かった。特に月垣は波動のようなものすら放ってきていた。異世界ビルヴェンシアでも、秘宝の番人が近付いたときに、同じような波動を感じたような気がする。
砂星先生は、教壇と腰にそれぞれ手を置き、面白そうに尋ねた。
「ほう、君はその思いを今でも持ち続けている、と」
「はい」
「それにしては、大胆なんだな。教室のクラスメイトたちが見ている中でそんなことを言うなんて」
「たくさんの人に、私たちのことを知ってもらいたいんです」
その中には、「これだけ証人がいれば、優馬はもう逃げられないでしょう?」という含蓄を感じた。頼むから、勝手なことを言うのはやめてくれ。
休み時間には、ティナの周りに大勢の生徒たちが集まっていた。
ティナは、まるで元々地球で生まれて育ったかのように自分のことを語った。「地元はここで、フランスにいたときはリヨンというところで暮らしていて……」なんてエピソードを話すこともできたし、「Je m’appelle〜」なんてフランス語で軽く自己紹介をしては、周囲の生徒たちを驚かせていた。男子生徒は、何とかしてティナにお近づきになろうとしていたが、彼女はそれらの誘いをすべて一蹴した。
「私には、優馬という心に決めた人がいるの」
その度ごとに、俺は周囲からの嫉妬を買った。直接的な好意を表現されるのは、こういうのが面倒臭いからやめてほしいのだ。そして、その中で特に俺に対して敵意を表した人物がいた。
「ちょっと待ったぁぁぁぁぁ!!!」
教室内に響き渡る叫び声。そこに咲いた一輪のひまわり。
月垣は、バン!、と机を叩きつけ、思い切り立ち上がった。その体は、怒りと悲しみにわなわなと震えていた。
「おい、桜井」
ぎろりと俺を睨みつけてくる。
「貴様、卑怯だぞ。貴様は東雲さんとも仲が良いみたいだな。その上、金髪フランス人美少女の幼馴染がいるだなんて。貴様は、多数の女性と付き合いを重ねて、それを恥ずかしいと思わんのかぁ!」
そんなことを叫んでも無駄だろうと、俺は疲れてため息を漏らす。
「僕は何より、貴様が数多くの女性を傷つけたという事実が腹立たしくてならない。決して、金髪フランス人美少女と知り合いだったんが羨ましいとか、そういうんではないぞ。ただ、これは僕の正義感が許さないのだ。貴様が数多くの女性を傷つけたというこの事実が……」
「何を勘違いしてんのかしらねえけど、そういうのを『歪んだ正義感』って言うんだぞ」と俺は言った。
「なんだと?」月垣は拳を震わせ、俺のもとに駆け寄り、眼前にひまわりを突きつけてくる。「ようし、わかった。そんなに僕と決着がつけたいと言うのなら、ぜひとも決着をつけさせてもらおう」
「いや、そんなこと一言も言ってねえだろ。っていうか、俺、決闘どころか人を殴ったことも殴られたこともないんだけど」
「ふふ。よし、わかった。正々堂々と戦うというのが男というものだな」
月垣が前髪を払うと、キラーン☆という効果音付きで星屑が落ちた。月垣はひまわりを天に向けて掲げた。
「この太陽に向かって咲くひまわりのように、僕はアーリストさんのために咲き続けるつもりだ。それを遮る雲があると言うならば、僕はその雲を綺麗に払いのけてみせよう」
また面倒臭い奴に絡まれたな。ティナの奴、色々と厄介ごとを持ち運んできやがって。
ん、待てよ?
そこで、俺は名案を思いついてしまった。
「なあ、月垣」
「ん、何だ? 金なら受け取らん。八百長試合ならするつもりはないぞ。僕は正々堂々と戦うつもりだからな。それを捻じ曲げるのは、僕の正義感にもとる」
敵意むき出しの月垣に呆れながら、彼の耳に顔を近づけて、ティナに聞こえないようにひっそりと言った。
「俺、わざと負けるから、お前が代わりにティナと結婚してくれ」
ふんふんと聞き、月垣は俺の目をまっすぐに見つめる。
「ようし、わかった! その話、僕が責任を持って引き受けよう」
月垣は何の迷いもなく、こくりと頷いた。こいつが単純な奴で助かったよ。
「今日の放課後、グラウンドに集合だ。わかったな、桜井」
「ああ、どこからでもかかってきやがれ」
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