第二話 ライバル登場!? ひまわりの挑戦状

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 いずれにせよ、これで月垣がティナをもらってくれるのなら好都合だった。月垣くらい情熱的な男の方が、ティナには合っているだろう。  ティナは、その決闘に対して文句のひとつも言わなかった。きっと、彼女はエデルの頃の俺しか知らないから、格好良く月垣を倒してくれるとでも思っているのだろう。  しかし、そうは問屋がおろさんぜ?  俺は、ティナがびっくりするくらい無様に負けてやるのだ。そして、お前は月垣に好意を寄せるようになる。俺は落ち着いた日常を取り戻す。計画は完璧だ。  そして、約束の放課後がやってきた。勝負内容は「叩いて被ってじゃんけんぽん」だった。じゃんけんをして、負けた方はヘルメットを被り、ピコピコハンマーで殴られるのを防ぐ。先に頭を叩かれた方が負け、という簡単なゲームだ。数回勝負した後に適当に負けるから、と月垣には言っておいた。審判は砂星先生だった。面白そうだから審判をやりたいらしい。 「勝負は三回戦。時間無制限で、確実に決着が付くまで行うぞ。先に二つ取った方が勝ちだ。わかったな?」 「本当はアーリストさんに僕の勇姿を見せてやりたかったんだがな。だが、まあ、仕方ない」  東雲さん!、と大声で叫んで、東雲のことをビシィ!、と指差した。 「君は、必ず僕が守る。だから、安心してこの勝負を見届けるがいい」  東雲は苦笑をしていた。「The・苦笑」と言えるような正真正銘の苦笑だった。  ティナを懸けた勝負じゃなかったのかよ、と俺も引きつった笑みを浮かべる。 「それでは、第一回戦、始めるぞ。二人とも、準備はできているか?」 「問題はありません、砂星先生」 「俺も大丈夫です」  一緒にいると疲れるんだよなあ、この男は。早く帰ってすみれちゃんの作る夜ご飯を食べたいし、まあ、適当に終わらせて帰るか。 「叩いて被って、じゃんけん……」 「ポン!(チョキ)」と俺。 「ポン!(パー)」と月垣。  うおおおおおおおおおお!!、と叫びながら、月垣はヘルメットを取ろうとした。演技が真に迫っているのはいいのだが、その動きが大振りすぎて隙だらけなことに、俺は気付いていなかった。叫び声にあまりの迫力があったので、その動きを途轍もなく速く感じてしまったのだ。  余裕のある感じでハンマーを持って振るったのだが、ピコッ☆、という情けない音とともに、俺は月垣の頭を叩いていた。 「あ」 「桜井、一本」 「貴様ぁぁぁぁぁ!」と月垣はヘルメットを抱きしめて立ち上がる。「桜井、貴様、この僕に嘘を吐いたな? 騙したのだろう。この僕を騙し、そして騙された僕を見て嘲笑っているのだろう。卑怯だ。僕はこの世の卑怯を、絶対に許さないからな!」 「いや、卑怯も何も、お前が異常に弱すぎるんだよ。なに、あの声? 叫んでる暇があるんなら、とっととヘルメット取って被ればいいだろうが!」 「言い訳をするのか、貴様は!」 「滅茶苦茶だな、お前は!」  やむをえず、俺は興奮している月垣に耳打ちをした。 「一回くらい、俺が勝った方が不自然さがないだろ。後の二回は、お前に勝たせる」 「まあ、いい」と言って、月垣はあぐらをかいて腕を組む。「僕も鬼ではない。一回の卑怯くらいで怒り狂うような真似なんてしないさ」  どの口が言うかね、と思ったが、俺は代わりにため息で我慢した。周りではどんな密談が交わされたのかと訝っている者もいたが、「とりあえず、月垣が落ち着いてくれたからいいか」という感じだった。  砂星先生は、至って落ち着いた様子だった。 「それでは、二回戦、始めるぞ。二人とも、いいか?」 「僕の勇姿を、その目に焼き付けたまえ!」 「早く始めてください」 「叩いて被ってじゃんけん……」 「ポン!(チョキ)」と俺。 「ポン!(パー)」と月垣。 「うおおおおおおおおおお!!」と月垣。 (大丈夫か?)と俺はゆっくりな動作で月垣のことを確認しながら、ピコピコハンマーを手にする。 「じゃんけん……」 「ポン!(チョキ)」と俺。 「ポン!(パー)」と月垣。 「うおおおおおおおおおお!!」 (大丈夫か?) 「じゃんけん……」 「ポン!(チョキ)」と俺。 「ポン!(パー)」と月垣。  これは、もしかして俺に「グーを出せ」と言っているのか?  月垣に服従するのは、正直に言って不服だった。しかし、このままだと一生月垣を勝たせることができないのだ。  わかったよ。今日だけは、お前に服従してやるよ。 「じゃんけん……」 「ポン!(グー)」と俺。 「ポン!(チョキ)」と月垣。 「お前ええええええええええ!!!」  俺は思わず、月垣の胸ぐらをつかんでしまった。 「ねえ、どうしてチョキ出すの? 今の流れからしたら絶対にパーだろ。何であの場面になってから急に変える? ねえ、何で? どうして?」 「ふふ、桜井がずっとチョキを出してくるからそろそろグー出そうと思ったのだが、逆に裏をかいてパーを出してくると思ったのだ。僕は先の先まで読む男だからな」 「だぁから! 俺、負けるって言ってんじゃん! 俺が裏をかく必要なんてねえだろ! 俺はさっきから『早くグーを出してくれ』って思いながらチョキを出し続けてんの! あ」  八百長試合がバレた、と思ったが、誰もそんなこと気になんてしていなかった。俺と月垣のティナを懸けた試合なんてものは、所詮は退屈な日常生活の中のひとつの余興に過ぎないのだ。面白そうだから、程度で見にきているだけなのだ。ただ、砂星先生は少し不満そうに眉をひそめていた。 「二人とも、口裏なんか合わせずに真剣にやってくれよ。教師としては、小さな嘘や卑怯も見過ごすわけにはいかんからな」 「すみません」と月垣。 「すみません」と俺。 「それでは、準備はいいか? 叩いて被ってじゃんけん……」 「ポン!(パー)」と俺。 「ポン!(チョキ)」と月垣。  よっしゃ、これでまずは一本。 「うおおおおおおおおおお!!」  叫ぶ割には大振りで遅い月垣の動きを鬱陶しく感じながら、俺も劣らずのろい動作でヘルメットを取る。あるいは、人の目にはまるで映画のスローモーションのような光景に映ったかもしれない。そのくらいの迫力はあった。迫力だけは。 「月垣、一本!」 「ふっはっはっはっは!」高笑いをして月垣は立ち上がる。ひまわりを天空に向かって掲げた。「見たか、正義は必ず勝つのだ!」 「月垣、早く座れ」と砂星先生は冷静に言う。 「すみません」  マラソン大会ばりに体力を使ったような気がする。月垣と絡むには、とにかく体力を使うのだ。とにかく、ラスト一本を取らせてやれば、すべてが終わるのだ。家に帰れるし、ティナも月垣のもとに行ってくれる。 「それでは、ラスト一本、気合いを入れていけよ。準備はいいか?」 「正義は必ず勝つ!」 「はい」 「叩いて被ってじゃんけん……」 「ポン!(パー)」と俺。 「ポン!(グー)」と月垣。  こいつの心理は、俺にはさっぱりわからん。  そう思いながらハンマーを手に取る。月垣もヘルメットを取ろうとした、そのときだった。  ヒュン……。  脇から何かが凄まじい勢いで飛んできて、ヘルメットを消しとばした。 「あれぇ? ヘルメットがなぁい?」と月垣は目を丸くした。 「あの、先生、この場合は……」 「私にもわからん。しかし、最初に言っただろう。この勝負は、決着が付くまで行う。どちらかがどちらかの頭かヘルメットを叩いたら、次に進む。それがルールだ」  ピコン☆  情けない音が、虚空のどこまでも高いところへ消えていった。  そして、砂星先生が幕を閉じる。 「勝者、桜井!」 ××× 「おい、ティナ!」  一人きりで通学路を歩いている途中、後ろから抱きついてくるティナに、俺は怒声を浴びせた。 「どうしたの、優馬?」 「最後のやつ、お前だろ」  言うと、ティナはさらにきつく俺のことを抱きしめてくる。 「さっすがー! やっぱり、夫婦ってお互いの心の内まで見透かされちゃうもんなんだね」 「俺が八百長試合を仕組んでいたこともわかっていたのか?」 「もちろん」とティナは呆れたように言う。「優馬の考えなんて、隅から隅までお見通しだよ」  俺は悔しさのために歯ぎしりをする。 「それと、もうひとつ訊きたいことがあるんだけど」俺はティナに詰め寄る。「お前、地球でも魔術が使えたのかよ」 「当然じゃん。私を誰だと思っているの?」  ティナは人差し指を親指で拳銃を作り、銃口を天に向ける。すると、その指先に炎の球体が生まれ、ティナはそれを天に向かって打ち上げた。炎系魔術の中でも最も簡単な〈火級魔法(フラム)〉だった。俺もエデル時代、よくこれで魔物と戦ったものだった。  打ち上げられた火球を見送り、再び視線を戻すと、ティナは指の拳銃を顎に当てて決めポーズをする。 「神様だぞ☆」
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