第三話 運命の「あの日」。雪菜を守れ!

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「ティナさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!?!?!?」  いくらインターホンを鳴らしても出てこなかったので、俺は失礼だと思いながらも勝手に家に上がった。すると、俺は寝室でとんでもないものを目にしてしまった。 「ゆ……ゆうまぁ……ごめ……」  そこまで言って、ティナは差し出しかけた手をぱたりと落とした。ティナは、高熱を出して寝込んでしまっていたのだ。 「昨日の夜から……ちょっとおかしいなとは思っていたんだよ。それが、だんだんと酷くなってきて」 「くっそう……マジか……」 「今の私は……ただの……無力な……にんげん……」  優馬がうなだれると、ティナは青ざめた顔でぜいぜいと荒い呼吸をしながら体を起こした。 「ううん、でも、大丈夫だよ。優馬……。わた……げほっ……し、がんばる……からね?」  目の焦点が定まっていないし、体もふらふらしている。どう見ても外に出られる状態ではない。俺はため息を吐き、ティナの肩を持ってそのままベッドに押し倒した。掛け布団を無理やりにでもかける。 「そんなんで役に立つわけねえだろ。今日はゆっくり休んでろ」  しかし、ティナは不安そうに優馬を見つめる。 「でも、雪菜ちゃんは?」 「俺に任せとけ」トンと胸を叩いて、親指で自分を指す。「俺様を誰だと思っているんだ?」  自信ありげに、俺は言う。 「ビルヴェンシアを救った勇者様だぜ。『元』付きだけどな」  俺はとりあえず家に戻り、すみれちゃんたちにティナのことを告げた。三人とも心配そうにしており、すみれちゃんはすぐにティナの様子を見に行ってくれた。戻ってくると、ティナは「ご飯はしっかり食べたい」と言っていたらしい。すみれちゃんが「ご飯を食べられそうには思えないけど」と言うと、「それが『別腹』の本当の意味なの」と反論をしてきたらしい。呆れた奴だと俺は感心してしまった。  とにかく、今日の夜、俺には雪菜を通り魔から救うという大仕事があるのだ。しかし、今回はその事実があらかじめわかっているだけやりやすい。未来を変えるためには、雪菜の今日の予定を、「かつての今日」との予定よりもずらしてしまえばいいのだ。「早く帰って来い」と言って聞くような妹ではない。その場で返事をしても、カラオケが盛り上がってどうせ遅くなるだろう。彼女の予定に、直接介入する必要がある。 「それじゃあ、行ってきまーす」  お昼ご飯を食べてしばらくすると、外行きの服に着替えた雪菜が出かけようとする。 「待て、雪菜」 「ねえ、邪魔なんだけど」  玄関ドアの前に仁王立ちをしている俺に、雪菜は攻撃的な視線を送ってくる。  邪魔をしたのはいいものの、この後の展開はまったく考えていない。しかし、何でもいい。とにかく、雪菜の時間をちょっとでもずらすのだ。そうすれば、「何か」が変わるかもしれないから。 「この前貸した漫画、返してくれないか?」 「は? 漫画なんか借りたことないし」 「いいや、借りたね。絶対に借りた。その漫画を返してくれるまで、俺は絶対にここを動かないからな」 「ねえ、美奈子ちゃんとの約束に遅れたら、どうしてくれんの?」 「遅れたら、謝ればいい」  言うと、雪菜は目つきを強め、一歩俺に近付いてくる。 「ん、何だ? 俺は、何があってもここをどか……ぁぁぁぁぁん!?」  こいつ、股間を蹴り上げてきやがった。我が愛する妹よ、可愛いツンキャラから立派なサディストになりやがって……。  雪菜はドアを開いて片足だけ外に出すと、首だけを俺の方に向けてきた。 「言っとくけど、今のは優馬が悪いんだからね。何回言ってもどかないんだから。それと、優馬!」 「なんなんだよ……」 「あんたこそ、私が貸した漫画、早く返してよね」 「え? 俺、雪菜に漫画何か借りたっけ?」 「『ヴェネツィアの死神』だよ! もういい加減読み終わったでしょ!」 「嘘? あれ、雪菜に借りたやつだったっけ?」 「バーカ! やっぱり、忘れてると思った!」  そうだ、ここだ! 「ちょっと待ったぁ! ストォォップ、雪菜!」 「はぁ? 今度は、何よ」  俺は雪菜の足首をつかんで、必死で行くのを止める。まるで変態のそれではあるが、今はなりふりを構っている場合ではない。とにかく、「前の今日」とは何かの歯車をずらすのだ。 「返す。今から返すから、漫画を受け取ってほしい」 「帰ってきてからでいいよ。離して。ねえ、お願い。離して!」 「嫌だ! 絶対に離さん。俺は今、必ず雪菜に漫画を返すんだ。だから、俺が漫画を返すところを見届けてほしい」 「なにそれ。意味わかんない! 机の上に置いといてくれればいいから! だから、お願い。離して!」 「絶対に離すかぁぁぁぁぁ!!!」 「ゆ〜う〜ま〜くぅ〜ん?」  すると、後ろから甘ったるい優しい声が聞こえる。同時に、指がゴキゴキと鳴る音も聞こえる。  雪菜は、姉の姿を見て、ぱーっと顔を輝かせた。 「すみれお姉ちゃん!」 「優馬くん。あなたが雪菜ちゃんのことが大好きなのは痛いくらいにわかるけれど、雪菜ちゃんが友達との約束に遅れちゃったら、どうするのよ。それに、脚に抱きついているのもどうなの? 一歩間違えれば、犯罪よ? 親しき仲にも礼儀あり。愛する人とは合意の上でいくらでもしていいとは思うけれど……。いくら仲が良くたって、女の子に嫌がることをしてはいけないわよね」  すみれちゃんは、そんじょそこらの「わーい☆セックス大好き〜☆」なんて下ネタを言っている大学生とは一味違う。性に対して真剣で、相手とのコミュニケーションや優しさ、礼儀などというものを何よりも重んじている女性なのだ。 「いや、違うんだ、すみれちゃん。ホントに違うんだ……これは、その……」 「すみれお姉ちゃん、私、本当に怖かったの。優馬に襲われるかと思って……」 「いや、違う! マジで違うから! ホント! 俺は、雪菜の命を守るために……」 「一体、どの口が言っているのかしらね。優馬くん、ちょっと、こちらにいらっしゃい」  罰として、俺は自室で亀甲縛りにして吊るされた。 「ごめんなさい。本当にごめんなさい。もうしません。だから許してください。すみれさん、本当にお願いします。ごめんなさい。ごめんなさい……」  無言の笑顔で嗜めるすみれちゃんに、俺はひたすら謝り続けることしかできなかった。このままでは、雪菜が……。 「優馬くん、お互いに『愛』があれば何も問題はないのよ。普段は、雪菜ちゃんだって優馬くんとのやりとりをそれでも楽しんでいるように見えるし、それは和やかでとても素晴らしいことだと思うわ。だけどね、距離感っていうのはとても大事なものなの。雪菜ちゃん、どう見ても嫌がっていたでしょう。あなたは、それなのにどうして雪菜ちゃんの脚に絡みついたりしたの?」 「それには、深い理由がありまして」 「いいでしょう。言ってごらんなさい」  それには閉口してしまった。今日、雪菜が予定通りの日常を過ごせば、夜道で通り魔に襲われることになる。だから、少しでも雪菜の予定を崩すために妨害した。それをそのまま言っても信じてもらえるわけがない。じゃあ、どんな嘘を? 意地悪をしたくなったから? 雪菜の脚が綺麗だったから? バカか。そんなことを言ったら、間違いなくすみれちゃんに殺される。  ええい、ままよ! 「すみれちゃん! 俺は、雪菜の命を守るために……」 「優馬くん、嘘を吐くなら、もっとまともな嘘を吐いてくれる方が嬉しいのだけれど」  すみれちゃんは笑顔で俺の顔面を握りつぶそうとする。もしすみれちゃんが異世界に召喚されたら、魔術とか仲間とかなくても魔王を倒してしまうかもしれない。 「え、それじゃあ、雪菜の脚が綺麗だったから、とか言った方が良かった?」 「警察に通報するわよ」  すみれちゃんの手の力が強くなった。 「あだだだだ! 通報したいのは、俺の方なんだけど! 暴行罪! 暴行罪!」 「まあ、いいわ。しばらくは反省しなさい」 「ちょ、すみれちゃん?」 「あと十分くらいは、そこで反省をしていなさいと言っているの」  十分後、俺は再び謝った後、ようやく解放される。くそう、こんなところでもたもたしている暇なんてないのに。俺はすぐに服を着替え、キャップを被り、外に出て行こうとする。 「優馬くん」 「はいっ!」 「もしかして、雪菜ちゃんの後を追うつもりじゃないでしょうね」  ぎくぅ!  しかし、臆病を表に出すわけにはいかない。「はぁ? 何ふざけたこと抜かしてんだよ。俺のこと、疑いすぎだろ」という気持ちで、俺はぶっきらぼうに言う。 「ちょっと散歩に言ってくるだけだよ。放っておいてくれよ」  すみれちゃんは訝しそうに俺のことを見ていたが、やがて「わかったわ」とため息を吐いた。
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