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第三話 運命の「あの日」。雪菜を守れ!
ティナは、毎朝俺が起きると神妙な面持ちをしてテレビのニュースを眺め、親父が「今の日本について、どう思う?」と尋ねると、「やっぱり、私はアジアとの外交問題が気になるし、特に……」なんてそれっぽいことをしゃべってしまう。ほう、と俺は思わず感心してしまう。世の中の親父が語る政治なんて、所詮はコミュニケーションのひとつに過ぎない。中学生のときに「おい、英語の○○先生のこと、どう思う?」が「最近の○○政権はだめだなぁ」とか「上司、○ね!」とかに変わったりしただけだ。相手が美少女ともあれば、最近の政権について語り合うのはなおさら楽しい道楽になるだろう。そんな斜に構えたことを考えながら、俺はすみれちゃんの淹れてくれた熱々のお茶をすする。
「すみれちゃん、おかわり!」
すっきりした俺の隣で、ティナはこんな風にあどけない子供の表情を見せたりもする。彼女はあまりにも美味しそうに食べるので、俺も雪菜も食欲をそそられてしまった。
「あらあら、ティナちゃんは今日も元気ね」
その食べっぷりに、すみれちゃんはとても嬉しそうだった。
「優馬の顔を見ていると、すっごく元気になるんです」
「愛の力ってものね」
雪菜は、不思議そうにティナのことを見つめる。
「ティナちゃんってさ、そんなに食べてるのに、すごく細いよね。ダイエットとかしてるの?」
「見てればわかるだろ? ティナなんて、生きてるだけでカロリー消費してるような奴なんだ」
「いつも元気いっぱいだもんね。そんなに優馬のことが好きなの?」
「もちろん」とティナは得意げに言う。
「きっかけの言葉は、幼稚園のときの『結婚しよう』だけなのよね」
とすみれちゃんは言った。まあ、実際にはビルヴェンシアでの十七年の歳月と魔王を倒すための苦労や喜び、感動をともなう様々な旅路があったわけだが。
「初めて言われた言葉だったから、何だか運命を感じちゃって」
「へえ、私にはわからないな。優馬のどこがそんなにいいのか」
「我が妹ながらに酷いことを言うな。『ツン』なところも愛しているよ。ところで、『デレ』はいつ見せてくれるんだい、マイハニー?」
「そういうところがマジで殺したくなるっつってんの」
俺は口笛を吹いてごまかした。
「あ、ところでさ」と雪菜は思い出したように言う。「私、日曜日、美奈子ちゃんたちと街に遊びに行ってくるからね」
「あら、そう。あんまり遅くならないようにね」
「世の中には変な男たちがたくさんいるからな」
「優馬やお父さんみたいに?」
「…………」
親父は黙ってしまった。すると、雪菜はぶっきらぼうに言った。
「冗談だって。そんな泣きそうな顔しないでよ。わかってるよ。そんなことくらい。あんまり遅くならないように気をつける。もし何かあったら、優馬にラインするね」
「任せとけ」
「それじゃ、私、もう学校行くね。優馬も遅刻しないでよ」
「俺のことを心配してくれてるのか?」
「桜井家の看板に泥を塗るなっつってんの!」
「……わかりました」
雪菜はとっとと家を出て行ってしまった。その間、ティナは何やら考え込んだ様子だった。しかし、突然「あ!」と大声を上げた。
「何なんだよ、お前は」
「ううん。何でもないよ」
ティナは含みのある視線を俺にぶつけてくる。俺は怪訝に思って眉根を寄せたが、ティナはそれから特に何も言わなかった。
「日曜日、優馬か雪菜ちゃんのどっちかが殺されることになっているのよ」
登校途中、ティナは重たい口を開いた。俺は眉根を寄せて、「はぁ?」と言う。
「ほら、覚えてるでしょ? 優馬がビルヴェンシアに転生してエデルになったあの日のことを」
「俺が異世界転生した……え? どういうことだ? それが、もう一度起こるってことなのか?」
俺が驚いたように言うと、ティナは申し訳なさそうに肩をすぼめた。
「前にも言ったでしょ。私が使ったのは、『時間を戻す魔術』なのよ。多少のズレがあるかもしれないって言っても、基本的には同じ未来通りに時間は流れていくの。つまり、優馬が死んで異世界に転生したあの日が、もう一度来るってわけなのよ」
「おいおいおいおいおい! それじゃあ……俺は……」
「でも、任せて」
ティナは、トンと自分の胸を叩いた。そして手の拳銃を上に掲げ、〈火級魔法〉を天空に放つ。
そうか。ティナはこの世界でも魔術を使うことができるのだ。
「もちろん、そんな未来を知っている私たちなら、雪菜ちゃんの日常に介入して、無理やりにでも変えることができる」
俺は思わず、ティナに土下座をして感謝した。
「神様ぁぁぁぁぁ!!!」
「私のこと、好きになった?」
「愛人になってほしいとすら思った」
「奥さんに、でしょ」とティナは唇を尖らせる。「でも、大丈夫だよ。雪菜ちゃんのことは、私も好きだし。絶対に私が守るから」
「いや、しかし、それでも旅の頃を思い出しちゃったな」
「ん?」
「基本的には、武器を使うのも俺の方がうまかったし、前に出て戦っていたのは俺だけど、肝心なときには、いつもティナに助けられていたような気がする」
俺は照れながらに言う。
「必要な存在か、不必要な存在かって言ったら、ティナは大切なパートナーだとは思う。だからって、結婚とかいうのは話が別だけどさ」
「優馬……」
「俺は、個人的にティナが好きだっていうのは嘘じゃないんだ」
ティナは目を見開き、頬を赤く染め、抱きついてきて言った。
「私、頑張るね!」
「その勢いが強すぎるのが、ときどき問題なんだけどな」
×××
そして、「あの日」がやってきた。それでも、ティナのおかげで不安を抱えることなく眠ることができたし、今日もいつもの時間に起床した。俺は一階に降りる。一階では、すみれちゃんが朝ごはんを作っていて、親父は退屈そうにテレビを眺め、雪菜はそわそわしながらスマホをいじっていた。しかし、今日は何だか寂しい感じがする。あの騒がしい神様がいないのだ。
「あれ、ティナは?」
すみれちゃんは不安そうに眉を八の字にして、頬に手を当てる。
「珍しいわね。いつもなら元気に朝ご飯を食べているところなんだけど」
「え?」
嫌な予感がした。
「俺、ちょっとティナの様子、見てくる!」
言うが早いか、俺は他のことはすべて放っておいて、家を飛び出して向かいの家に行った。
×××
そんな優馬の様子を、三人は物珍しそうに眺めていた。
「優馬があんなに機敏に動いたところなんて、初めて見たかもしれない」と雪菜は驚いたように言った。
「そんなにティナさんのことが心配なんだな」と晴敏は感心したような頷く。
「やっぱり、愛の力ってすごいのね」とすみれはうっとりとして頬に手を当てた。
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