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2話 告白(春菜)
「覇王のカイダン」は週間少年チャンプで7年前に連載が始まったファンタジー漫画だ。
アオリ文は「ぶっちぎれ! 青春部活ファンタジー!」
各国のアカデミーや冒険者養成所に「覇道部」という部活があり、そこに所属する選手が剣と魔法でぶつかり合って、世界一の実力者(覇王)を決める大会が行われる。
「覇王祭」と呼ばれるその大会は世界的な注目度も高く、さながらオリンピックのごとき盛り上がりを見せる。とまあ内容はざっくり言ってそんな感じ。
アニメ化もされ人気をはくしたものの、2年前に作者が急死。物語は永久に完結することなく眠りについた。
さて、そんな熱い物語の始まりを、私浅野春菜はひしひしと感じている。
「すっごーーい!! 本物のストワールだ!! あ! あそこにあるのは1巻45ページでおなじみのエーテル屋!!」
私が降り立ったのは物語の主要国であるストワール。主人公がこの国の覇道部に入るのよね。
私の推しであるアレクセス(通称アレク様)も同じくストワールのアカデミーに通う生徒だ。
ちなみに今私が着ているのはアカデミーの制服!! そう! これから編入して推しと同じ学校に通うの!!
脇に露店のならぶ大通りをウキウキでスキップしていると、スクールバッグの隙間からにゅっと愛らしい手乗りサイズのぬいぐるみが顔を出す。
「はるなちゃん、よかった。管理センターにいたときと全然表情が違うね。幸せそうだ」
あざらし型のマスコットとして傍らについていてくれるのは、専属のサポートキャラクター。
転移届けに好きな動物を書く欄があったけれど、ここに反映されるんだ。ちなみに名前はラッシーとつけてみた。
ラッシーはこちらでの生活を支援してくれるという名目で2年間お世話してくれるそうだ。手厚いなぁ、管理センター。
「そりゃもう幸せの絶頂! 容姿も別人みたいになっちゃってるし、生まれ変わった気分!」
容姿と能力の設定も、ある程度こちらの意思を反映してくれるので、私はおおいに盛らせていただいた。
もとは眼鏡で七三分けアンダーテールの地味OLだったけれど、「華のある美人(巨乳)」と太字で書いておいたら、その通りのビジュアルをもらえた。
すごいよ巨乳。歩くたびに揺れる。すれ違う男性たちの視線がこちらに集中するのを感じる! 万歳異世界デビュー!!
「視界はどう? 少しはモヤがとれた?」
「あ、うん! そうなの。転移前はのっぺりした膜に覆われてるみたいに世界が淀んでたのに、今はすっごくクリアに見えるよ」
「順応度が低いと世界が現実味を失って視界が濁るんだ。そうなると末期だよ。精神的な苦痛から不幸な死を遂げる事例が後をたたなくってね。一種の病気として治療(転移)をほどこすのがセンターの役割なんだ」
「なるほど。私ひどい状態だったんだね。なんだかずっとモヤモヤしてたものが晴れて、気分がいいよ」
だんだんと、この現状が夢ではないような気がしてきた。五感が今までになくのびのびと機能している。
深呼吸して青空を見上げれば、これ以上ないほど生を実感できる。
ストワールアカデミーは小高い丘の上に立つ全寮制の学校だ。
海が近く、基本的に全室オーシャンビュー。丘を下れば賑やかな商店街へと出る。
海の幸と山の幸を思う存分堪能できるぜいたくな立地だけれど、中心街へは遠い。のどかなところなのだ。
「よっしゃーーーー!!! きたぜ、ストワールアカデミー!!!!」
校門をくぐろうとしたところで、背後から威勢のいい少年の叫びが私の鼓膜をふるわせた。
こ、この台詞はまさか――!!
振り返ったところで視界に入ってきたのは、背中に大荷物を背負った赤髪の少年。
主人公のハヤトくんだ!!
忘れもしない、第1話の1コマ目。アカデミーの門をくぐるシーンだ!!
わ、いけない! 私もしかして背景に写り込んじゃってる?
身をふるわせながらざりざりとカニにように横移動していると、ハヤトくんがこちらを見つめてぱちくりと瞳をまたたかせた。
「お姉さん、もしかして翠国(すいこく)の人!?」
ずかずかと眼前まで歩み寄ってきたハヤトくんは、キラキラと目を輝かせている。
「あ、そ、そうだよ。翠国生まれ。今日から2年に編入するの。よろしく」
翠国というのは、明治期の日本をイメージして作られた和の国だ。
私も黒髪こげ茶目の日本人風なビジュアル設定だから、生まれは翠国という事になっている。
パスポートとなる渡航証も翠の国から発行されたものだ。
「やっぱりそっか! オレ、天月(あまつき)ハヤト。今日からここの1年! オレも翠の出だからさ、仲良くしてよ!」
「うん! 私は浅野春菜。よろしく! 国外で同郷に会えるなんてすごく心強いよ」
「だね! ハルナ先輩って呼ばせて!」
「先輩呼び嬉しいなぁ。私はハヤトくんって呼ぶね」
うわあぁぁ、すごい。私今、ハヤトくんとお話できてる!!
お互いにこやかに笑いながら歩いている現状が信じられないよ。
笑顔がまぶしくて、まっすぐで、熱くて。とってもいい子だなぁ。
「ストワールって、覇道部の人数が足りてないらしいじゃん? だからオレ、覇道部に入れてもらうために来たんだ」
「そっか! 実は私も覇道部のマネージャー志望なの」
「本当!? そんじゃこれからお世話になります!」
「こちらこそ! 今年は覇王祭に出られるといいね」
たしか3年連続で出場機会を逃しているんだよね、ここの学校。
実戦向きの魔術や武道の需要が少ない国だから、覇道部も部員がなかなか集まらないらしい。
大会に出るには5人必要なのだけれど、たしかハヤトくんが入学するまでは4人しかいなかったはず。
「新入生のみなさん、ようこそストワールアカデミーへ!」
「部活はもう決まりましたか? ぜひとも遠泳部へ!」
「生物部でーす!! 珍種のモンスターの捕獲と研究やってまーす!!」
校門をくぐれば、両脇から熱烈な勧誘がはじまる。わくわくしてきちゃうなぁ。
「覇道部の勧誘は来てるかな? 姿が見えないけど……」
「たしか寮の近くで呼び込みやってたと思うよ」
漫画の中ではそうだった。校門付近は激戦区だからと、男子寮の前に陣取っていたっけ。
「おおっ! それじゃ寮まで行ってみるよ!」
「私もついてく!」
これからハヤトくんは覇道部からの勧誘を受ける流れだ。
1巻は特に念入りに読み返したからハッキリと覚えている。ハヤトくんに声をかけたのはアレク様だ。
このままついていけば私も推しに会えるはず。うう、緊張するなぁ。
アカデミーの校舎を左右で挟む形をとって、男子寮と女子寮がある。海側が男子寮、森側が女子寮だ。
男子寮の門をくぐれば、潮風がそっと髪をなでていく。眺めも風も、気持ちの良い場所だ。
「あっ! あそこ! 玄関前に覇道部の旗が立ってる!!」
言うが早いか、ハヤトくんは飛び跳ねるように旗をめがけて走ってゆく。
私もその背中を追おうとして、ふと足が止まった。
旗の前に腕を組んで立っているのは、男らしく引き締まった体格で高身長な、私の推し――。
駆け寄ろうと踏みしめた足が、へにゃりと折れて、眼前がうるむ。
信じられない。すぐ近くで彼が動いている。
ずっとずっと、紙の上で生きる姿に憧れてきた。一方的に見守っているだけで満足だった。
玄関前まですっとんで行ったハヤトくんが、早くおいでと手を振ってくれている。
それを目にしたアレク様が、こちらに視線を向けた。
め、目が合ってしまった……!!!
みるみる頬が染まっていくのが分かる。だめだ。もう息も上手くできない。
嬉しくて、恥ずかしくて、思わず私はその場にしゃがみこんで顔を伏せた。
まずい。涙が止まらない。こんな顔、とても人には見せられない……!!
「どうした? 体調悪いのか?」
ポンポンと、優しく背中に掌が触れた。大きな手だ。
恐る恐る顔を上げた先に立っていたのは、まさかのアレク様だった。
無造作に撫で付けられた茶髪が、風にゆられてなびいている。黒基調のレザー装備に、足首まであるマント。
魔封じのアクセサリを全身にまとい、動くたびにジャラリと音が響く。見ほれるほどの美男子だ。
「え、えっとあの、私……」
涙がぽろぽろと流れ落ちる。ぬぐってもぬぐっても止まらない。
「痛いところがあるなら言ってくれ。一応治癒術も使えるから」
「どこも痛くありません。あの、すごく嬉しくて……」
「嬉しい?」
「ストワールに、ずっと来たくって」
「今日から編入なんだってな。向こうの元気少年から聞いたぜ」
アレク様は決して急かすことなく、私が言葉をつむぎ出すのを待ってくれている。
優しく背を撫でてくれる手の感触がなんとも照れくさくて、顔から火が出そうだった。
「はい。覇道部のマネージャー志望なんです」
「おおおっ!! 本当か!? 見る目あるな! 大歓迎だ!!」
心底嬉しそうに顔をほころばせ、アレク様は強く私を抱きしめた。
そうして、背中をポンポンと叩いて喜びを伝えてくれる。
ひええええ。恥ずかしい!
「あああああの、その、よろしくおねがいします!」
「ああ、よろしくな。 俺様は覇道部のエース、アレクセス・レッツァー。アレクって呼んでくれ」
「はい、アレク様。私はハルナ・アサノといいます」
「ハルナか。ハルちゃんでいいか?」
「え! う、はい!! お好きなように!!」
しんじられない! うれしい! どうしよう! こきゅうこんなん!!
アレク様が私の名前を呼んでくれた!! それだけで頭がパンクしそうだ。
「立てるか? とりあえず部室に行こうぜ。仲間に紹介したい」
「は……はい、ありがとうございます」
差し出された手をとって、ふらふらと立ち上がる。
するとアレク様が、じっと目をこらしてこちらに顔を近づけてきた。
互いの鼻先が触れ合いそうなほど至近距離だ。心臓がどくりと脈打つ。
「よく見りゃ変わった髪色だよな。瞳の色も珍しい。どこの出身だ?」
「翠国です」
「なっ……! 翠国!? ホントか!!?」
私の手をぎゅっと握り締めたまま、アレク様は目を見開いた。
そうしてしばらく沈黙し、彼が発した言葉に私は腰が抜けるかと思うほどの衝撃を受けた。
「ハルちゃん、俺と結婚してくれないか」
肩膝をついて姿勢を正すと、アレク様は私の指にそっとキスを落とした。
表情はいたって真剣だ。
「え……? えええええええええええええっ!!?」
異世界生活初日。
まさかの推しからのプロポーズに、私は石のごとく固まったまま動けなかった。
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